恭介の受難と異世界の住人

み馬

文字の大きさ
上 下
190 / 359

第189話

しおりを挟む

「おらおらっ、こっちだよ!」
 と、ウルが人差し指を立てて逃げまわる。
「うるさい! いちいちこっちを振り向くな!」
 と、両手に武器を持って追いかけるリゼルが言葉を返す。

 ゼニスの指示により、人狼じんろうのウルは人型でいる時は、可能なかぎりリゼルの鍛練たんれんに付き合っていた。洞窟付近の森の中を、人間ならざる脚力を発揮して動きまわる二匹ふたりは、シリルいわく兄弟のように見えた。どちらもキリッとした顔だちをしており、オスとしての見栄みばえは上等で、リゼルに至っては、ゼニスの遺伝的要素を色濃く受け継いでいた。

らえっ!」と、リゼル。
「喰うかよ!」と、ウル。

 投げつけられた小刀こがたなを軽々とかわしたウルは、わざと相手の接近を許し、リゼルの右手をつかんだ。そのまま勢いよく地面に引き倒すと、口唇くちびるれそうなほど顔を近づける。

「相変わらず、ヘッタクソだな。おまえ、人間のフリをして武器を使うより、爪で引っ掻いたほうが早くないか?」
「う、うるさいな! オレは父さんみたいな強い男になるんだ!!」
「はんッ、一丁前いっちょまえこころざしで結構だがな、いちどでもオレサマをギャフンと云わせてみろ、チビすけ。」

「チビ……ッ、なんだと!?」

 確かにウルのほうが体格もよく背が高い。だが、ゼニス似のリゼルには、まだまだ成長の余地がある。見た目を小馬鹿にされて腹を立てたリゼルは、ガブッとウルの前脚に噛みついた。

「いてぇ!! このガキ、なにしやがる!!」
「黙れ! 気安くオレにさわるな!!」
「ふうん? 触ると、どうなるんだ?」

 リゼルの反発は、オオカミのウルにとって逆効果である。おもしろがって頭巾フードを取り払い、獣耳けものみみを指でつんつんされた。

「おまえって人間なのか? それとも獣人けひとなのか? どっちを自認している?」
「どっちもオレだ! 父さんも、そう云ってたし、ふたりの血を半分ずつ引いてるンだ。文句あるか!」
「いや、文句はねーよ。ただ、おまえ自身がどう思っているのか、聞いてみたかっただけだ。」
「……なんで、」
「なんでも。」
「か、からかうなっ!!」
「べつに、からかっちゃいない。たんなる好奇心ってやつだ。」
「あっそう。それより、いつまで乗っかってンだ。重たいから早くどけよ!」
「どいて欲しけりゃ、押しのけてみろ。」
「このっ、バカにしやがって、」

 胴体にまたがるウルは、人型から本来の姿に戻ると、ピョンッと木の枝に登る。パッと見は野生のオオカミと変わらないウルだが、コスモポリテスには生息しない人狼じんろうという種族である。ウルは、高いところから遠くを見つめることが多い。リゼルは地面に落ちた小刀を拾いながら、ぽつりとたずねた。

「おまえ、家族とかれとか、どうしたんだよ?」

 木の枝から飛び降りてきたウルは、フイッと顔をそむけた。水を飲むため川のほうへ歩きだす。リゼルも少し離れてついていく。ウルは時々、ひどくさびしげな表情をしていたが、リゼルの視線に気づくと笑みをつくって見せるため、いまいち本心が読めなかった。 

     * * * * * *
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

Smile

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:13

ゆうれいのあし

児童書・童話 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:0

真鍮とアイオライト

BL / 連載中 24h.ポイント:320pt お気に入り:17

【完結】貴方の後悔など、聞きたくありません。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:347pt お気に入り:2,807

脱獄

ホラー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

典型的な政略結婚をした俺のその後。

BL / 連載中 24h.ポイント:931pt お気に入り:2,168

転生当て馬召喚士が攻め度MAXの白銀騎士に抗えません

BL / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:179

Blood Of Universe

SF / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:10

ケモとボクとの傭兵生活

BL / 連載中 24h.ポイント:276pt お気に入り:209

処理中です...