恭介の受難と異世界の住人

み馬

文字の大きさ
上 下
187 / 364

第186話

しおりを挟む

 ゼニスの処置が迅速だったおかげで、オオカミは命拾いのちびろいをした。ちなみに、前脚は確かに捻挫ねんざしていたが、シリルがとくになにか手当てをしたわけではない。単純に、自己回復力が高く、オオカミ自身が痛みに強い性格の持ち主だった。

「ちょっと、それならどうして、ぼくの前であんなに弱ってるフリをしてたのさぁ!」
「そりゃ、あんたがお人好ひとよしに見えたからさ。それに、いい匂いがする。こうして弱いフリしていれば、メシにもありつけるしな。」
「なっ!? 最初から、ぼくをだましてたのか~!」
「はははっ、いいから早く、次のを寄越よこせ。」

 干し肉を木槌でやわらかくなるまで潰しているシリルに、オオカミが顔を近づけると、リゼルが短剣クリスダガーを投げつけてきた。オオカミがサッと身を引くと、キィンッと壁に当たり、カランッと地面に落下する。

「おい。ガキ。すぐにやいばを向けるくせ、やめないか。オレサマは怪我人けがにんなんだぜ。」
「黙れ、どスケベ野郎。母さんから離れろ。」
「ふうん? まだまだガキだな。そんなに母親が好きなら、抱けばいいのに。」
「な、なにっ!?」
「知らないのか? 野生のオスは、自分の母親であろうと繁殖の対象とみなし、発情したら交尾することもあるぜ。」
「オ、オレは、そんな真似したくない。」
きもっ玉がちぃせぇのな。」
「……っ!! この野郎!!」

「こらこら、ふたりともぉ! 喧嘩しちゃダメ~!」

 首に包帯を巻いたオオカミは、1日のうち、数時間しか人型を取れない。もとより、野生動物の血が濃いため、狙った獲物に対し、強い関心をしめす傾向にある。隙さえあればシリルを押し倒そうとするため、ゼニスが留守にする際は、リゼルが監視役になっていた。

「母さんも母さんだ! こんなやつ、ほうっておけばよかったのに。」
「リゼル、そんなふうに考えちゃダメだよ。ゼニスが助けると決めた以上、協力してね。」
「わかってるよ。だから、殺したりはしない。……いちいち腹が立つ存在だけど。」
 リゼルは短剣を回収すると、帯巻きベルトの鞘に戻した。オオカミは胡座あぐらをかいていたが、スクッと立ちあがり、長身からリゼルを見おろした。
「ふん。甘えっ子のくせに、笑わせるな。オレサマが本気を出せば、おまえみたいなガキは瞬殺だ。」
「だったら、やってみろよ。」
「死にたいのか?」
「その科白セリフ、そっくり返す。」
「……やっぱり、ガキだな。オレサマがわざと斬られてやったのが、まるでわかってねーな。」
「わざとだと? なんでそんな危ない真似をする必要がある。もし、オレがもっと深く刺してたらどうするンだよ。」
「その時は死ぬだけさ。オレサマは見てのとおり、孤立無援こりつむえんだからな。毛皮を剥いで加工すれば高く売れるぜ。」
「さっきから意味がわからない! なんなンだよ、おまえは!!」
「おまえ呼ばわりは好かん。今すぐ名前をつけろ。」
「は?」
「オレサマの名前だよ。名付けろ。」
「いきなりそんなこと云われても、思いつくかよ!」

 オオカミとリゼルが小競こぜり合いをしているところへ、川まで水を汲みに出かけたゼニスが帰ってきた。互いのひたいが触れそうなほど至近距離で睨み合う二匹、、を見て、ため息を吐いた。シリルに竹筒を手渡すと、オオカミのほうに声をかける。

「話し声なら外まで聞こえていた。おまえ、名前が欲しいようだな。」
「そうやって、いつまでも“おまえ”呼ばわりされるのは、つまらないからな。」
「ならば、人狼ウルムナフでいいか。」
「そのままかよ。」
ドッグよりはマシだろう。」
「……ちっ。なら、ウルとか、ウルフって呼べ。」
「いいだろう。」

 ゼニスが名付け親となり、オオカミの呼称こしょうは〈ウル〉で決定した。また、半獣のリゼルにとっては最初の理解者(仲間)となり得る存在だった。

     * * * * * *
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

屈した少年は仲間の隣で絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

カテーテルの使い方

真城詩
BL
短編読みきりです。

処理中です...