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第170話
しおりを挟むゼニスにとっても初めての育児は、手探り状態である。哺乳期はシリルに任せっきりで、これといって父親の手を借りるまでもなく成長してくれたリゼルだが、歩けるようになった今、とにかく目が離せない。ゼニスがつくった柵をなんとか乗り越えようと逃げまわるため、捕まえては戻り、捕まえては戻りを1日中くり返した。だが、体力を使い果たしたリゼルは、糸が切れた凧のように、ぱったりと静止する。きょうもまた、西陽が翳りだす前に、寝床で丸くなっている。
「……おやすみ、リゼル。」
シリルは、隣で寝息を立てるリゼルにそう声をかけると、洞窟内が真っ暗になる前に縫い物を仕上げた。あらかじめゼニスが用意した針と糸を使い、リゼルのワンピースを作った。水色の生地は、シリルの普段着とお揃いである。
「シリル、おまえもそろそろ衣服を着て過ごせ。リゼルの手本になってやらねばならん。」
「うん。わかってる。リゼルにも、いつか人間と触れ合ってほしいから、ちゃんと世間の常識を教える必要があるよね。」
めずらしく、シリルの解釈は正しい。だが、獣耳のあるリゼルが、人間界を堂々と渡り歩けるとは限らない。あらゆる危険がつきまとうため、注意深く行動し、半獣の存在に理解を示す人間と出会い、味方につけることは必須条件である。枝を組み立てて焚火の準備をしていたゼニスは、ふと、ひとりの人物の顔が瞬頭を過ぎった。
「……あいつ、今頃どうなったか、」
黒眼黒髪の異人、石川恭介との出会いから、半年以上が経過していた。シリルを介して顔を合わせたゼニスだが、こちらから何かを質問するまでもなく、数日間の旅を経て、コスモポリテス城の門前で、あっさり別れた。もとより、他人に関心を示さない性格につき、恭介の素性など気にもとめなかった。
「あいつって、だぁれ?」
いつの間にか、傍らへ移動してしゃがみ込むシリルから、じっと、顔を見つめられたゼニスは、ほんの少し考えてからこたえた。
「イシカワキョースケのことを、思い出していた。」
「イシカワ、キョースケ?」
「憶えてないのか、」
「えっ? も、もちろん憶えてるよ!」
「遺跡で、おまえが助けた男だろう。」
「うん、そう。そうだったね。なんだか、ずいぶん昔のことみたい。……キョースケ、元気にしてるかなぁ。」
「生きていればな。」
「生きてるよ。ぼくの時と同じで、ゼニスがちゃんと助けてくれたもの。だから、必ず生きてる。」
「なんだよ、それ。」
「ゼニスのおかげで、ぼくもキョースケも、リゼルだって、生きていられるンだよ。そうでしょう?」
「さぁな。過大評価だ。」
ゼニスは薄笑いをすると、焚火に点火した。パチパチと、枯れ葉や枝が燃える音がする。ゼニスの研ぎ澄まされた聴覚は、遠くで啼くミミズクの声をひろう。夜行性の動物が活動的になる時間帯につき、用心するに越したことはない。剣の手入れを欠かさないゼニスの姿を見たシリルは、改めて存在のありがたさを実感した。
「……ゼニス。」
「なんだ?」
「こんや、してもいいよ。」
「なんの話だ。」
「あっ、わかってるクセに! ぼくから云わせたいの?」
「ああ。」
「んもぅ、エッチなんだから。」
「悪いか?」
「う、うぅ~、悪くは、ないけれど……、」
「前回、おれに抱かれても妊娠しなかっただろう?」
「うん、なんでだろう……。ぼく、交接されたら、子どもができちゃう両性具有なのに……。もしかして、ゼニスが特別なのかな?」
「おれは、ただの人間だ。」
ワンピースの上から下腹部を気にするシリルだが、ゼニスに温もりを求められる実情は嬉しくもあり、自ら性交を誘ってきた。断る理由などなにもないゼニスは、早めの夕食をすませると、リゼルの寝顔を確認してから服を脱ぎ始めた。裸身になって抱き合うふたりの姿は、まさに、いつかの古書“性の観照”に記載されていた挿絵のようだった。〔第8話参照〕
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