164 / 359
第163話〈新たな生命誕生〉
しおりを挟むシリルの変化が見て取れたのは、交接してから十日目の朝だった。いつものように先に起床したゼニスは、洞窟の入口からさし込む陽光に目を細めた。暖かい風が流れてくる。より安全な生活空間を確保するため、きょうから洞窟の入口に木の柵をたてることにしたゼニスは、傍らで熟睡するシリルへ視線を落とした。すると、下腹部が数十センチほど盛りあがっていた。
「おい、シリル。おまえその腹は……、」
「うぅ~ん? ゼニス、もう朝ぁ? おはよう……、んん?」
欠伸をしながら目を覚ましたシリルは、己の腹部に異質な重量を感じてガバッと、上体を起こした。
「うわぁっ!? ぼくのおなか、こんなに大きくなってる!!」
「どうやら、一発で妊娠に成功したようだな。胎児の成長が急速に思えるが、おまえの身体は特殊なつくりをしているから、これで問題ないのだろう。」
「うわ~、すごい。本当にゼニスとの赤ちゃんができたんだ? やったぁ!!」
嬉しそうに笑うシリルを見ても、ゼニスは素直に喜ぶわけにはいかない。医術の知識は多少なりとも心得ていたが、それはあくまで戦場に立つ傭兵としての過去を持つからである。傷口の応急処置と、出産に伴なう必要な手当ては別物だった。ある程度の流れは事前に調べていたが、不測の事態に直面した時、正確な判断を下し、冷静に対処しなければならない。また、シリルの出産時期も未定である。いつ陣痛が引き起こるか不明確につき、早めに準備を始めた。
樹木の皮で作った皿に竹筒の水を溜めて顔を洗い、布巾で拭く。続いて、荷物の中から酒瓶を取り出した。消毒薬の代わりになるアルコール度数の高い酒を一本、城下町で購入していた。自然領域に到着するまでのあいだ、生活に必要な最低限の物品は揃えておいたつもりだが、何かが足りない気がした。
ひとまず、今後の山場に備え、帯巻にに剣をさげると、森へ柵となる材料を集めに向かった。なるべく地面に転がっている太めの枝を拾いながら周辺を歩きまわっていると、チュウチュウッと、小動物の啼き声が聞こえた。視線を落とすと、ハイイロネズミの親子が足許を走り抜けていく。
「……ああ、そうか。くくっ。」
不足していたものが何か判明したゼニスは、めずらしく声にだして笑った。
* * * * * *
応援ありがとうございます!
5
お気に入りに追加
171
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる