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第153話
しおりを挟む「さようなら、ディラン。今までありがとう。元気でね。」
「シリル様!? シリル様ーーーっ!!」
その日は突然やって来た。シリルと虹を見た翌朝のことである。ディランは、めずらしくワンピースを着こんだシリルと、霧が立ち込める村を散策していた。それはいつもと変わらない静かな朝だった。
「ディラン、あのね」と、シリルは歩きながら切り出した。少し離れてついて行くディランは、「はい、なんでしょう」と聞き返す。
「ぼく、成獣になったみたい。」
シリルは立ちどまると、ディランを振り返る。
「……そのようですね。」
淡淡とした相槌に、シリルはニコッと笑う。日常的に下世話をするディランにつき、そのことに気がついていないわけがない。シリルの性毛はすっかり生えそろい、ほんの少し肉づきもよくなっていた。極端な声変わりほどではないが、シリルの声音にも成獣の兆しが現われていた。もはや、永続的で親密な相手と生殖行為に移行すべき段階であることは瞭らかだ。
「シリル様。私は……、」
ディランが思いを告げようと歩み寄ると、シリルは「ごめんね」と云って表情を曇らせた。
「ぼくは、ディランと一緒になるつもりはないんだ。」
「……やはり、そうですよね。……ええ、わかっていました。……シリル様には、他に想い人がいらっしゃるのでしょう? 名前はゼニスとか……。」
「うん。ぼくはゼニスと行く。」
「……いったい、どこへ?」
「どこだっていい。ゼニスとなら、どこへでも行けるから。」
「シリル様は、それほどまでに……、」
「だから、ごめんね。ディラン。今まで本当にありがとう。元気でいてね。……さようなら。」
シリルの挨拶はごく短く、それだけ云い残すとアッという間に森へ走ってゆく。ディランは腕をのばして追いかけたが、脚力ではシリルのほうが高い。それは幼い頃から注目すべき身体能力のひとつで、成獣した今、ディランが全力で走ってもシリルの背中に追いつくことは不可能だとわかっていた。
「シリル様っ、シリル様ーーー!!」
ディランは必死で叫んだが、シリルの足音は遠のくばかりで、気配を感じ取ることもできなくなった。生まれて初めて涙をこぼしたディランは、シリルとの別れを認めるしかなかった。だが、これほどまで突然に訪れるとは考えもせず、胸の痛みに顔をしかめ、内側から込みあげる切なさに言葉を失ってしまった。
誰かの固定観念の世界で生きるよりも、はるかに自由な道を選んだシリルの足取りに迷いはない。一秒でも早くゼニスと合流するため、監視塔に向かって森の中を疾走した。
* * * * * *
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