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第131話
しおりを挟む恭介はそのとき、ひどくジルヴァンが恋しく思った。これまでの自身の言動を考えると、王子に無礼を働いた点は認めるし、反省した。だが、それは第6王子に限っての感情であり、ルシオンやシグルトに対しては憮然とせざる負えない。失望や落胆するのではなく、ただ呆れた。
「……ルシオン。今更どうでもいいンだけどさ、念のため聞かせてくれ。さっきの兵士は、なんでオレを痛い目に遭わせたかったんだ?」
「至極、つまらぬ動機だよ。なんでも、キミが事務内官として城内を闊歩するようになってから、遠征先での領収証に文句がつけられるようになって、上官と買い物をする楽しみが減ったそうだ。……つまり、キミの仕事ぶりに不満を抱いたのだろう。それだけでなく、個人的な嫉妬も含まれていたのは明白だ。」
実務の延長として原因の本人へ領収証の内容を確認してまわる恭介の姿は、少々、目立ちすぎていた。事実、これまで曖昧にしてきた点を正そうとする会計士は、煙たがれる存在である。
(……そんな理由で、オレは恨みを買ったのか。……参ったな)
「自分は当然の仕事をしたまでだ、などという考えは愚かしいぞ。所詮、イシカワキョースケとは、その程度の人間として認識されているわけだ。消えてなくなっても、代わりはいくらでも用意されるだろう。」
なにやらシグルトに莫迦にされたが、恭介は沈黙した。襲撃事件の全貌が瞭らかになった以上、ふたりの王子に用はない。この場を立ち去る口実を思案していると、ルシオンから乱暴な手つきで前髪を掴まれた。
「……痛ぅ!? なにするンだよ!」
「キミがあまりにも無自覚ゆえ、非常に腹立たしくてね。なぜ、このような黒髪をしている? おれの義弟は、見た目の珍しさに心を奪われたにちがいない。キミの性格は、やはり好かないな。共寝をしているからといって、調子に乗らないでもらおう。」
(……っ、この腹黒王子が! あんたの性格のほうが厄介だっての!)
ルシオンの態度こそ理不尽に思えたが、シグルトは薄く笑みを浮かべると、恭介の首筋へ、すっと指で触れてきた。
「シオンと第6王子は、幼い時分より特別親しい仲であったからな。天塩にかけて育てた義弟が、どこぞの馬の骨ともわからぬ男に寝取られるとは、さすがに同情する。……わが実弟は奥手すぎる性格ゆえ、いずれ神殿行きになるだろうと思われたがな。〔第20話参照〕 ……イシカワキョースケの登場は、私とて予想外の展開である。実弟は、おまえのどこにそこまで惹かれたのか謎だな。……いっそ、衣服を脱がせてみるか。」
シグルトはそう云うなり、恭介の耳たぶに噛みついた。
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