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第128話
しおりを挟む身を守るために必要なのは、腕力ではなく、危険に近づかない知識や、いざという時に安全に逃げ出す技術である。恭介は武官のボルグから、訓練室で護身術を習っていた。
「そうだ、いいぞキョースケ! だいぶ身についてきたな!」
「は、はい。ありがとうございます……。」
ハァハァと息を切らす恭介だが、ボルグから教わった体術は役に立ちそうなものばかりで、時間をかけて、しっかり習得した。
(これなら、また襲われても反撃が可能だし、なにより応用がきくしな……。ハァハァッ、こりゃ、あしたは筋肉痛だな……)
額の汗を指ではらうと、訓練室の扉から顔をだす人影と目が合った。
「ボルグさん、遅くまでお疲れさまです。」
「おう、おまえこそ、まだ居たのか。」
「はい。もうそろそろ帰ります。……訓練室の灯りが見えたので、誰が残っているのか少し気になって、」
「ああ、戸締まりなら心配いらねーよ。おれがしておくからよ。」
「わかりました。お先に失礼します。」
ボルグと短い会話をした人物は、去り際に恭介を一瞥した。そのまなざしの裏には情念が隠されていたが、恭介にとっては(目つきの悪い若武者だな)くらいの印象で、一方的な悪意は見過ごした。実のところ、この若者こそが、夜道で恭介を襲わせた真犯人である。ボルグが統率する部隊の兵士で、生まれつきの性癖に関係なく、いつの間にか上官を思慕する念を抱いていた。そうとは知らずにいるボルグは、意外にも面倒見が良い性格で、恋愛には無頓着である。
「よし、キョースケ。最後にもう1回、おれに技をかけてみろ!」
「それじゃ、遠慮なく行かせてもらいます。」
恭介は、返り討ちに遭う覚悟で正面から掴みかかると、ボルグの手頸を捉えた。
「いいぞ、キョースケ。そこだ!」
「はい!」
熱血指導に敬意を表して、恭介はボルグのカラダを床へ引き倒した。むろん、相手のほうが一枚上手につき、確実にねじ伏せることはできない。だが、ボルグはわざと降参してくれた。
「完璧じゃないか。」
「ボルグさんのおかげです。」
「がははは! いやいや、おまえ、武官の素質あるぜ!」
「……武官なんてオレには向いてないですよ。体力ないですし、ハァハァ、」
「う~ん、そうだったな。でもよ、初めて会った時に比べりゃ、かなり存在感が増してるぞ。なんというか、おまえさんなりの自信を、どこかで身につけてきたようだな。」
「……自信ですか?」
「ああ、そうだ。なにか、やり遂げたい目標があるって顔に見えるのは、おれの気のせいじゃあるまい?」
「過大評価ですよ。」
核心を突かれてはまずいため、恭介はボルグとの会話を曖昧にして終わらせると、訓練室をあとにした。汗をかいたので、ついでに共同浴場へ向かうことにした。人気の少ない廊下を歩いていると、背後から呼びとめられた。
「そこの御方、どうかお待ちを。」
「うん? オレ?」
立ちどまって振り向くと、ルシオン付きの女官が小走りで近づいてきた。
「イシカワ様ですよね?」
「そうだけど、」
「ルシオン様から伝言です。あすの夜9時、コスモポリテス城の中庭でお待ちください。」
「ああ、解った。」
「それでは、確かにお伝えしましたので、お忘れなきよう、必ずお越しくださいませ。……失礼します。」
襲撃事件の調査をルシオンに任せていた恭介は、犯人にたどり着いたのだろうかと思った。
(……判明したところで、オレはどうもしねぇけどな。というか、襲われたおかげでボルグさんに体術を教わる機会を得られたし、これって、今後の役に立つ経験だから、自分のためにもなったような……)
過ぎた結果を前向きに捉える恭介だが、犯人の顔を目にした時、あまりにも予想外の展開に、動揺することになる。
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