恭介の受難と異世界の住人

み馬

文字の大きさ
上 下
123 / 364

第122話

しおりを挟む

 恭介は頭部の包帯ほうたいに手を添え、ジルヴァンに会いたいと思った。

「キミのことが好きだと、オレはまだ言葉にしていなかった……。」 

 時系列は現在に進み、夜道で何者かに襲撃しゅうげきされた恭介は、ルシオンの助けによってなんのがれていた。しかし、犯人よりも、第6王子のことばかりに思考が及ぶ。

「くそ、こっちから会いに行きたいくらいだぜ。ジルヴァン……。」 

 ルシオンの寝間ベッドルームから身動きが取れない現状が、ひどく歯痒はがゆく感じた。事務内官の仕事を突然休んでしまった件も、気がかりである。
(アミィとユスラは大丈夫かね……)
 たいして役に立たない上司と、気弱なユスラを心配しつつ、ふと、壁際かべぎわの衣装棚へ目をとめた。恭介の荷物が置いてある。肩がけのサックにはボタンやファスナーといった留め具は付いていない。

(……まさか、ルシオンのやつ、中身を見たりしてねーよな?)

 今までなら問題ないが、現在は文官試験に関連した書物を持ち歩いているため、なんとなく嫌な予感がした。恭介がサックの内容を確かめていると、コンコンと、外側から扉を叩く音がした。

「はい」と返事をすると、「失礼します」と云って、ルシオン付きらしき若い女官が顔を出す。
「イシカワキョースケ様ですね。わたくしはルシオン様より命じられ、お飲み物をお持ちいたしました。おれしてもよろしいでしょうか?」
「……ああ。咽喉のどが渇いてきたところだ。頼むよ。」
「かしこまりました。」
 女官は用意した茶器に、紅茶をそそぐと、茶碗カップを差しだした。恭介は、なんの疑いもなしに受け取り、口へと運ぶ。だが、女官のわずかな表情の変化を見逃さなかった。

(うん? ああ、なんかヤバそうだな紅茶コレ。悪いけど、オレは学習したからな。……そう簡単にはだまされてやらねぇぞ)

 ひと口むフリをして茶碗カップ円卓テーブルの上に置くと、女官を見据えた。

「キミは、ルシオンの側仕そばづかえをして何年になるンだ?」
「え? そ、それは……、さ、3年くらいかと思います。」
「へぇ、そうなんだ。」
「は、はい。そうです。あの、紅茶のおかわりは、いかがです?」
「いや、いいよ。もうさがってくれ。」
「……あ、で、では、失礼します。」

 女官は不自然な言動をして、足速あしばやに姿を消す。茶碗を受け取った瞬間、口唇くちびるの端がピクッと吊りあがるのを見た恭介は、不穏な空気を察した。紅茶に異物を混入された可能性があるため、茶器には手をつけず、近くの椅子イスに腰かけた。

「ふーっ、あぶねぇ。」

 女官から向けられた悪意あくい不確ふたしかだが、用心するに越したことはない。なにしろ、現在地はルシオンの寝間である。自分が周囲から歓迎されるような客ではないことくらい、承知していた。とはいえ、気の抜けない展開が続き、余計な疲労感にとらわれた。ふと、左手の輪具リングに意識が及ぶ。

(げっ。もしかして嫉妬しっとが原因か?)

 情人イロあかしである輪具を見て、ルシオンの想い人と勘違いされ、要らぬ被害を受けたような気がした。ただでさえ、相手は優男やさおとこである。容姿は美形の部類につき、好意をいだく関係者は多いだろうと思われた。

「ふざけんなよ。誰があんな腹黒はらぐろい男にれるかっての。」

 声にだして非難すると、ドサッと寝台に座った。頭部の傷は痛むが、どちらかと云えば、ジルヴァンに会えない胸の痛みのほうが強い。会いたくてたまらない恋人は、あまりにも遠い存在である。どんなに離れていても、互いを想う気持ちは深まるいっぽうだった。

「……ジルヴァン、待っててくれよ。キミを近くで支えられるよう、オレは文官になるからな。絶対、なってみせるからな。」

 恭介は黒翡翠ジェダイトの輪具を見つめ、密かな誓いを立てた。ジルヴァンとの距離を縮める方法は、来年の試験を高得点で通過することである。時間を無駄にしたくない恭介は、サックの中から参考書を抜き取ると、再びルシオンがあらわれるまで、勉強を開始した。

     * * * * * *
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

処理中です...