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第119話
しおりを挟む朝食を終えた恭介は、右腕に嵌めたクォーツ時計で、時刻を確認した。
(……金目の物を盗られてないのな。つまり、犯人の目的は物取りとはちがうはずだ)
左手に輝る黒翡翠の輪具は、恭介が日常的に身につける物の中で、いちばん高価な品である。クォーツの腕時計といい、気絶させておきながら持ち去らないとは、いくぶん不自然に思えた。
(これって、オレ自身が標的だったってことか? だとしたら、ゾッとしねーな……)
思いあたるフシが、まったくないわけではない。少なからず、最近の恭介は目立ちすぎていた。なんとなく自覚していたが、まさか危害を加える者があらわれるとは、正直、予想外の展開だ。なにより、物騒な話である。頭部の包帯に指で触れると、すまし顔で紅茶を飲むルシオンから、質問を受けた。
「キミは、ずいぶん遅くまで仕事をしているのだな。」
「え? いえ、ふだんの残業なら1時間ていどで切り上げるけど、」
「けど?」
「きのうは、ちょっと……、」
「ちょっと?」
「……残って勉強を、」
「なんの勉強だい。」
「それは、ひ、秘密です。」
恭介の返答は歯切れが悪くなる。文官の採用試験に挑戦する件は、誰にも公言していない。また、ザイールと暮らす恭介は、部屋で勉強することができないため、仕事のあと、執務室で参考書(王立図書館から借りてきたもの)をひろげていた。遅くまで残っていても、仕事場であれば言い訳が可能につき、うってつけの場所だった。
「何かワケありのようだが、いったい誰の恨みを買ったんだ。」
「それが判れば、すぐにでも相手を抗議しに行きますよ。」
「ふっ。それもそうだな。……しかし残念だ。キミが無事で在ることに。」
「うん?」
恭介は一瞬、聞きまちがえかと思ったが、ルシオンは笑みを浮かべている。
「考えてもご覧よ。なにせ、大事に育ててきた義弟を横取りされたのだからね。おれ以上に、キミを憎らしく思う存在がいるとは笑止千万だ。」
「……それは、本心ですか。」
「半分くらいはね。」
(おい。笑えない冗談は勘弁してくれ。ただでさえ、あんたがいちばん怪しいってのによ……)
ルシオンとの会話内容に顔の筋肉を歪めると、額の傷が痛みを主張した。
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