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第118話〈かくされた悪意〉
しおりを挟むガッという、鈍い音がした。突然、後頭部を殴られた恭介は、ガクンッと膝の力が抜け落ちた。二撃目を喰らい、ドサッと倒れ込む。激しい頭痛とめまいに襲われたが、バタバタと走り去る足音が聞こえた。しかし、立ちあがることは不可能で、意識は遠退いた。
「……っ、ジ……ル……ヴァン、」
何が起きたのか考える間もなく気絶した恭介だが、ジルヴァンと寄り添って眠る穏やかな夢をみた。
コスモポリテスの第6王子を抱いた恭介は、心身ともに充実した日々を過ごしていた。さらなる目標に向かって行動を開始した直後、仕事帰りの夜道で、背後から何者かに襲われてしまった。道端で頭から血を流して倒れた恭介は、自身の立場における警戒を怠っていた。
「手筈どおり、痛めつけておきました。」
「……よもや、殺してはいないだろうな?」
「まさか。手加減はしてありますよって。どうぞご心配なく。」
「そうか。ご苦労であった。」
物陰で金銭のやり取りをする人物のひとりは、武官の衣服を身につけていた。
「ふん。ざまぁない。いきなりあらわれて、ボルグさんを困らせやがって目障りな男め。少しは痛い目をみるがいい。」
地面に倒れた恭介に嫌味を吐く男は、険しい表情をしてその場から離れていった。
(……ジルヴァン、泣くな。……そんなに性交がつらいのか? ……頼むから泣かないでくれ。あんまり泣かれたら、こっちの罪悪感が半端ねぇぞ。……なぁ、ジルヴァン、そうじゃない、そうじゃないンだろう? ……オレは、とっくにキミとつながることばかり考えていたンだぜ……。だからキミも……もっとオレを……)
「って、どわーーーっ!?」
なにやら気持ちの良い夢をみていた恭介だが、目が醒めた途端、大声をあげた。なぜなら、素っ裸で見知らぬ寝台の上にいて、しかも頭部に包帯を巻かれていた。意識が回復すると、ズキズキとした鈍い痛みが走る。
「オレは、どうなったんだ……?」
よく見ると足許に内衣が置いてある。着替えだろうかと思いつつ、袖を通して腰紐を結ぶと、背後でガチャッと扉の開く音がした。振り向いた恭介は、内心(げっ)と驚いた。姿をあらわしたのは、豪華な刺繍をあしらった衣装を身につけたジルヴァンの義兄・ルシオンである。
(ここって、ルシオンの寝間かよ……?)
恭介は室内をちらッと見、状況を把握した。広い部屋に、整然と並ぶ高級感あふれる家具類のほか、壁には額縁入りの大きな絵が飾られていた。全裸の少年が長椅子に寝そべっている。緻密に描写された美しい少年の肌や、小さな性器に目がとまる。
(なんかこの少年の顔、ジルヴァンに似てないか……)
恭介は絵画から視線を逸らし、ルシオンと会話した。
「ご厄介になったようで、すみません。」
あえて礼を述べない恭介の意図に、ルシオンは微笑し、手に持っていた盆を円卓に置く。
「気分は悪くないようだね。これは朝食だ。なにも毒など加えておらぬから安心したまえ。」
(毒だと? そんなもん、あんたに盛られる覚えはねーぞ)
恭介が椅子に座ると、ルシオンも正面に落ちついた。優男の見た目だが、恭介にとっては、気を許せない相手である。以前、城内にある中庭で出喰わしたとき、不意打ちでキスをされている。とはいえ、腹は減っているため、用意された皿へ手をつけた。濃いめの味つけの温かい野菜スープを口へ運ぶと、
「キミの男根は立派だね。」
と云うルシオンの科白に、「ぶっ」と吹きそうになった。
「……は、はい?」
「べつに他意はないよ。服を脱がせたのは、治療をするにあたり汚れていたからだ。ついでに、わが義弟の情人である以上、野蛮な一物に関心が向くのは当然であろう。」
(野蛮ってなんだよ……。悪いけど、もう使用済みだからな)
やはり、ルシオンとは気が合わないと再確認した恭介は、食事に集中した。室内は明るく、カーテンの隙間から朝陽が洩れている。つまり、夜道で襲われてから、一夜が経過していた。
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