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第106話〈劣等感と自惚れ〉
しおりを挟む恭介はいつものように内官布を着て、コスモポリテス城の執務室へ向かった。扉を開けると、先にユスラの姿があった。
「あっ、キョースケさん。おはようございます。」
「……ユスラくん。」
「長らくお休みをいただいてしまい、すみませんでした。きょうからまた、しっかり働きますので、よろしくお願いします。……あの、この伝票ですが、日付ごとにまとめて置きました。あと、こちらも……、」
「いいよ。そんな無理しなくても。体調は大丈夫なのか。」
「はい、もうすっかり元どおりになりました。」
「嘘だろ。」
「え……?」
「ごめん、ユスラくん。」
「キョースケさん? なぜ、謝るんですか?」
ふしぎそうに首を傾げたユスラに、恭介は眉をひそめ、パタンと静かに扉を閉めた。長机に歩み寄り、ユスラの脇まで移動すると、小さく首を横に振る。
「アミィから聞いたんだ。キミの相手がどんな人物か。……第4王子は既婚者なんだってな。そうとは知らず、無神経な発言したかなって、ずっと気になってたンだ。」
「いやだな、キョースケさんってば。そんなこと、あるわけないじゃないですか。キョースケさんが謝る理由なんて、どこにもありませんよ。」
そうは云っても、不自然な笑顔を見せるユスラがどうしても気になる恭介は、思いきった行動にでる。
「ごめん、ユスラくん。」
二度も謝罪されたユスラは、こんどこそ顔をしかめたが、その時はすでに恭介によってカラダを長机の上に押し倒されていた。
「キ、キョースケさんっ、なにを……っ!?」
「ちょっと、確かめたいことがあるんだ。」
「確かめるって……? あっ!? そんなっ、やめてください!!」
恭介はユスラの詰衿の留め具を外すと、強引な手つきで内官布の前をひらいた。あらわになった肌へ視線を落とすと、予想以上の擦り傷があり、中には鬱血している新しい痣も確認できた。上半身だけで数十箇所はある。
「これはどういうことだ? ユスラくん? 説明してくれ。この傷は、どうしてできたんだ。」
「キョースケさんには、か、関係ありません……、」
「あるよ。オレらは、同じ情人だろう。キミのことが、心配なんだ。」
「……余計なお世話です。」
ユスラは恭介の腕から逃れると、背中を丸めて身装を直した。
(ほらな。思ったとおりだ。第4王子は、ユスラを乱暴に扱ってやがるな。……くそっ、なんかイライラするぜ。ユスラもユスラだ。もっと相談してくれてもいいのによ。なんで黙ってるンだ)
執務室の空気が重たくなると、遅れてアミィが出勤してきた。
「おっはよ~。キョウくん! あらっ、ユスラちゃんも復活したのね! よかったわ~。このまま辞めちゃったらどうしようかと思って、ずっとハラハラしてたのよぅ!」
アミィは、恭介とユスラを交互に見て、満面の笑みを浮かべる。瞬時の状況判断が、まったくできない上司である。いつものように書き机に向かい、伝票の山をわざと指で崩すと、ようやく険悪な雰囲気を察した。
「あらん。キョウくんったら眉間に皺なんか寄せちゃって、どうしたのぅ。それにユスラちゃんも、泣きそうな顔してる? ……なにかあった?」
恭介が事実を述べるより先に、ユスラがパッと顔をあげてこたえた。
「なんでもありません。さぁ、キョースケさん、こっちの伝票から片付けてしまいましょう。」
アミィをはぐらかしたい気持ちは理解できるため、恭介は、ユスラに合わせて「了解」と返事をしておく。だが、伝票を受け取るフリをしてユスラの手頸を捉えると、
「あとで続きをやるからな。ちゃんと話してくれ。」
そうつぶやいて、牽制した。ユスラは少し動揺したようだが、「承知しました」と小声で応じた。
(……オレに相談したところで、現実問題はなにも解決しねぇかもだけど、だからって、見て見ぬフリできるかよ。……もし逆の立場で、ジルヴァンのカラダが一方的に傷つけられるようなことがあれば、オレだったら、絶対赦せねぇからな)
恭介は、何喰わぬ顔で作業を再開し、アミィの詮索をとりつくろうと、仕事に集中した。
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