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第102話
しおりを挟む恭介は現在、王宮関係者の住居で生活を送っている。家賃は安いが、下水溝や食堂は共用で、風呂場もない。湯を浴びるには、城内の共同浴場を利用するため、専用の許可証を発行してもらう必要があった。
夕刻になり、1日の仕事を終えた恭介は、以前ザイールに用意してもらった許可証と着替えを片手に、浴場へ向かった。薄暗い石造の廊下に、カツーン、カツーンと、靴底の音が響く。
「うん? あれは……、」
先に執務室を出たユスラが、柱の影に佇んでいる。恭介が近づくと、「あ」と、か細い声をだした。
「よう、お疲れさん。どうしたんだよ、こんなところで。風呂にはいりに来たのか?」
ユスラは少し間をあけてから、小声で「はい」と応じた。
「なら、一緒に行こうぜ。オレも今からなんだ。」
「えっ、……あ、はい。」
ユスラの返事は歯切れが悪い。両手に抱えて持つ着替えも、皺ができるほど強く握っていた。
(なんだろうな、この反応……)
事務内官として、ユスラと働くようになって数日ほど経過したが、恭介は妙な感覚に捉われていた。それはたんに、少年が王族の情人だからではない。ユスラは時々、恭介やアミィに対して、怯えるかのような尻込みをする。よそよそしい態度が見てとれるため、その原因が気になった。
(まぁ、本人の性格ってだけかもしれないが……)
恭介の杞憂は、衣服を脱いだあと、ますます深まった。裸身になって腰に布を巻く恭介の横で、ユスラは無言で立ちつくしている。
「脱がないのか?」
「……お、お先にどうぞ。ぼくは、あとから行きますので。」
「そうか? じゃあ、先に行ってるからな。」
裸身になるところを見られなくないのだろうと軽く考えた恭介は、ひとりで湯殿にはいった。カラダを洗い、湯船に浸かっていると、だいぶ遅れてユスラが姿をあらわした。湯気が立ちのぼっているため、相手の細かい部分まではよく見えない。浴槽の端で足をのばしてくつろぐ恭介のところまで、湯の中を移動してきた。
「仕事は慣れたか?」
「はい。おかげさまで。」
「ジルヴァンが突然キミを連れてきた時は驚いたけど、もともと内官だけあって、要領がいいよな。だいぶ、オレも助かってるよ。」
「そんな、とんでもない。ぼくのほうこそ、かえってご迷惑ではないかと不安でしたが、そう云ってくださると嬉しいです。」
世間話をするだけで、自然と空気が和やかになる。ユスラの表情も、柱の影にいた時より、だいぶやわらかくなった。ふたりは裸身になっても、利き手の人差し指に輪具を嵌めたまま入浴をしている。恭介は左手の黒翡翠を見つめた後、情人について、ユスラに訊ねた。
「キミの相手は、第4王子だとか云ってたよな。見てのとおり、オレのは第6王子なんだ。」
「ふふ、キョースケさんったら、」
(おっ、笑ったな……)
左手を持ちあげて見せたあと、湯の下へ戻した。少し熱いくらいの温度につき、いくらか顔が火照りだした。恭介は「ふぅ~っ」と息を吐くと、額に浮かぶ汗を指先でぬぐった。まわりにほかの目があるうちは配慮が必要な話題だが、情人の存在を知る者は少ないため、こんどは、ユスラのほうで口を破った。
「あの、キョースケさん……。」
「なんだ?」
「キョースケさんは、……その、受け身ではありませんよね?」
「もちろん。オレはストレートの人間だよ。」
苦笑いする恭介と、ユスラは会話を続けた。ポチャッと、天井から水滴が落ち、幾重にも波紋が広がった。
「……第6王子様は、お幸せでしょうね。キョースケさんみたいな誠実なひとが共寝の相手だなんて、ぼくだったら、何度でも呼んでしまいそうです。」
冗談半分とばかり、ユスラは声をたてて笑うが、恭介は眉をひそめた。少年は悩み事を抱えている。誰にも云えない理由があるとすれば、情人に関する件でまちがいない。恭介は唯一、相談に乗れる立場につき、ユスラの言葉に耳を傾けた。
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