恭介の受難と異世界の住人

み馬

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第 99 話

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 シリルは元気に育ち、時間軸は、ゼニスとオルグロストで運命的な出会いをげ、長旅を経て、コスモポリテスへ帰還した直後に戻る。〔第96話参照〕

 遺跡ルーインから監視塔サーベイランスへ、そしてゼニスと共に温水地で入浴をすませたシリルは、ひとりで村に帰った。林道では食人鬼じきにんきに追われ、走り疲れたシリルは、人間のにおいを気にするディランをよそに、寝台ベッドで丸くなる。そんなシリルに、口づけてしまうディランだが、相手の立場に立つことも忘れていなかった。

「……シリル様、あなたはいつか、私を受け入れてくれますか? ……どうすれば、伴侶として認めてもらえるのでしょうか。どうか申してください。私は、シリル様のためなら、どのような努力も惜しみません。」 

 ディランは、その気になればシリルの感情を抜きにして交接は可能だが、けもののように力づくで服従させては、私欲にもとづく動機にすぎない。また、発情中のメスは攻撃性が増し、選好相手、、、、オス以外は排除の対象となるため、迂闊うかつに近寄っては危険が生じた。とはいえ、強引に交接されても構わないメスも中には存在しており、ひとえに、反道徳的な行為とは断言しづらい部分もあった。 

 獣人けひとは、子孫を残す過程に愛情を求めない。交接相手がどれだけ有能か、体のつくりや運動力、健康体かどうかを重要視していた。性格や容貌かおつきは、あまり評価されておらず、かつ、相互理解は人間よりも合理的だった。メスのほうで能率よく利害調整をするため、オスは成獣になる前から自分みがきに余念がない。雌に気に入られなければ繁殖行動が取れないため、成獣は引き締まった体形を維持して、見栄みばえを主張アピールする傾向にあった。
 もとより、獣人は狩猟民族でもあり、雄の骨格はメスより大きく成長するため、体格差は一目瞭然いちもくりょうぜんだった。ディランもまた、標準的な上背うわぜいのある獣人で、体格もよく、物静ものしずかな性格で、自然状態でも異性の関心を引きつけることが可能な成獣である。ところが、数年ものあいだ、誰よりも親密関係にあるシリルだが、ディランに対して特別な感情をしめす気配は感じられなかった。

「……う、うぅ~ん。……お昼寝しすぎちゃったぁ~。」

 シリルが目を覚ますと、ちょうどそこへ、食事のぜんを持つディランが戻ってきた。
「お気づきになられましたか、シリル様。」
「うん! 今、起きたところだよ。ディラン、それって夕ご飯?」
「はい、そうです。少し早いですが、給仕きゅうじから預かってきました。食べますか?」
「うん、食べる~。」
 床に置かれた膳に、シリルはぴょこんっと飛びつく。ディランの分は別皿に盛りつけられていたが、あきらかに量が少ない。シリルは木のスプーンでチーズの端を切ると、ディランのほうへ差しだした。 
「はい、あ~ん、、、して。」
「シリル様?」
「ほら、ディラン、あ~んって口をけて。」
 云われたとおりにするディランへ、シリルはチーズを食べさせた。野生動物の乳汁を何時間も煮つめて作るチーズは、王族の膳にしか並ばない。ディランも、口にするのは今回が初めてだった。
「おいしい?」 
 とくシリルに、ディランは、しっかり味わってから「はい」と答えた。「よかったぁ」と云って笑うシリルは、ディランが口をつけたスプーンを使い、小皿の料理をパクパク食べ始めた。その口唇くちびるの動きを意識しているのは、完全にディランのほうだけである。
 これより数年後の冬、発情期の最終段階を迎えたシリルは、きりが立ち込める早朝あさ、ひとりで去ってゆく。その姿を最後に見た者は、ディランであった。必死に引き止めようとする声に、シリルは振り向かない。ディランはその時、生まれて初めて涙をこぼした。シリルとの別れは、あまりにも突然だった。

     * * * * * *

  次話予告→物語は第2部スタート
  となります。
  恭介きょうすけが主人公に戻ります。 

     * * * * * *
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