100 / 364
第 99 話
しおりを挟むシリルは元気に育ち、時間軸は、ゼニスとオルグロストで運命的な出会いを遂げ、長旅を経て、コスモポリテスへ帰還した直後に戻る。〔第96話参照〕
遺跡から監視塔へ、そしてゼニスと共に温水地で入浴をすませたシリルは、ひとりで村に帰った。林道では食人鬼に追われ、走り疲れたシリルは、人間のにおいを気にするディランをよそに、寝台で丸くなる。そんなシリルに、口づけてしまうディランだが、相手の立場に立つことも忘れていなかった。
「……シリル様、あなたはいつか、私を受け入れてくれますか? ……どうすれば、伴侶として認めてもらえるのでしょうか。どうか申してください。私は、シリル様のためなら、どのような努力も惜しみません。」
ディランは、その気になればシリルの感情を抜きにして交接は可能だが、獣のように力づくで服従させては、私欲に基づく動機にすぎない。また、発情中の雌は攻撃性が増し、選好相手の雄以外は排除の対象となるため、迂闊に近寄っては危険が生じた。とはいえ、強引に交接されても構わない雌も中には存在しており、ひとえに、反道徳的な行為とは断言しづらい部分もあった。
獣人は、子孫を残す過程に愛情を求めない。交接相手がどれだけ有能か、体のつくりや運動力、健康体かどうかを重要視していた。性格や容貌つきは、あまり評価されておらず、かつ、相互理解は人間よりも合理的だった。雌のほうで能率よく利害調整をするため、雄は成獣になる前から自分磨きに余念がない。雌に気に入られなければ繁殖行動が取れないため、成獣は引き締まった体形を維持して、見栄えを主張する傾向にあった。
もとより、獣人は狩猟民族でもあり、雄の骨格は雌より大きく成長するため、体格差は一目瞭然だった。ディランもまた、標準的な上背のある獣人で、体格もよく、物静かな性格で、自然状態でも異性の関心を引きつけることが可能な成獣である。ところが、数年ものあいだ、誰よりも親密関係にあるシリルだが、ディランに対して特別な感情をしめす気配は感じられなかった。
「……う、うぅ~ん。……お昼寝しすぎちゃったぁ~。」
シリルが目を覚ますと、ちょうどそこへ、食事の膳を持つディランが戻ってきた。
「お気づきになられましたか、シリル様。」
「うん! 今、起きたところだよ。ディラン、それって夕ご飯?」
「はい、そうです。少し早いですが、給仕から預かってきました。食べますか?」
「うん、食べる~。」
床に置かれた膳に、シリルはぴょこんっと飛びつく。ディランの分は別皿に盛りつけられていたが、あきらかに量が少ない。シリルは木のスプーンでチーズの端を切ると、ディランのほうへ差しだした。
「はい、あ~んして。」
「シリル様?」
「ほら、ディラン、あ~んって口を開けて。」
云われたとおりにするディランへ、シリルはチーズを食べさせた。野生動物の乳汁を何時間も煮つめて作るチーズは、王族の膳にしか並ばない。ディランも、口にするのは今回が初めてだった。
「おいしい?」
と訊くシリルに、ディランは、しっかり味わってから「はい」と答えた。「よかったぁ」と云って笑うシリルは、ディランが口をつけたスプーンを使い、小皿の料理をパクパク食べ始めた。その口唇の動きを意識しているのは、完全にディランのほうだけである。
これより数年後の冬、発情期の最終段階を迎えたシリルは、霧が立ち込める早朝、ひとりで去ってゆく。その姿を最後に見た者は、ディランであった。必死に引き止めようとする声に、シリルは振り向かない。ディランはその時、生まれて初めて涙をこぼした。シリルとの別れは、あまりにも突然だった。
* * * * * *
次話予告→物語は第2部スタート
となります。
恭介が主人公に戻ります。
* * * * * *
1
お気に入りに追加
186
あなたにおすすめの小説



サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。



百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる