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第 98 話
しおりを挟む人間は秩序の中で生きながらも、心の底に欲望を持っている。だが、魂がはたらくかぎり、理性によって節制が行われている。獣人のディランは、理性的で知恵の優れた成獣だったが、自由奔放すぎるシリルと係わるうち、性愛へのあこがれを持ちはじめた。
よく晴れた日の午後、シリルは、近くの草原に咲く花を摘んで遊んでいた。そのようすを数メートル離れて見まもるディランは、獣王の言葉を思い返していた。それは、シリルが両性具有である体質と、将来の伴侶になる意志を問われた点である。シリルの世話役に選ばれてから、3年足らずの出来事だった。もとより、獣王はディランの気質を見抜いて、わが子にふさわしい成獣を世話役に抜擢していた。
ディランはすでに、シリルに対して特別な感情を持っていたが、それは浅ましい欲望ではないかと自問自答していた。
「ディ~ラ~ン~、」
呼ばれて顔をあげると、花冠を作ったシリルから、「はい!」と、手渡された。
「シリル様、これは?」
「ディランのぶんだよ。」
「私にくださるのですか、」
「うん! つけてみて。」
「こ、こうでしょうか、」
ディランが頭部に花冠を乗せてみせると、シリルは「ぷぷっ」と吹きだした。
「似合いませんか?」
「ううん、ちがうよ! ディランの顔がこわいから、おもしろいなぁと思って。」
云われてディランは、そんなに小難しい表情をしていたのかと気づく。苦悩すると、つい眉間に皺がよってしまうディランなのである。
「申し訳ございません。」
「ほえ? なんであやまるの?」
「シリル様に気を遣わせてしまったようで……、」
と、詫びる最中に、シリルからガバッと抱きつかれた。ディランは一瞬焦ったが、シリルの背面へ腕をまわして控えめに抱きとめた。シリルは裸身につき、腕の長さの都合上、指先が尾てい骨あたりに触れてしまう。シリルはディランの動揺をまったく意識しておらず、無垢な姿でふるまっていた。
「ぼく、誰かをぎゅーってするの、好きだな~。あっ、ディランはきらい?」
胸もとでパッと上を向くシリルと、至近距離で目が合う。ディランは、
「そんなことはございません。」
と返して、細い髪を撫でた。シリルは、ディランの手に自分の手を軽く添えて、にっこり笑った。
「あのね、いつも一緒にいてくれてありがとう、ディラン。ぼく、授乳期が終わってから、ずっとひとりぼっちだったの。だから、ディランと過ごす毎日が楽しくて、1年がアッという間に感じるくらいだよ。これからもよろしくね。」
シリルは素直な気持ちを述べるため、ディランは口ごもった。これほど信頼されていながら、性的な思考をめぐらせる自身に呆れもした。
湯浴みの時間になると、シリルは塒に戻り、丸太に座った。ディランは、シリルの身体を知りつくしていたが、ひとつだけ未確認の事柄があった。いったいなぜ、シリルが“両性具有”だと云えるのか、見た目は少年そのものにつき、決定的な判断材料がほしかった。
「シリル様、」
「……ん、なぁに?」
「不躾ながらお訊ねします。シリル様のお体は、どこら辺が我々と異なっているのでしょうか。」
「……どこら辺って? えぇ~と、」
肌を拭かれると必ず眠くなるシリルは、うとうとしながらこたえる。
「りょーせいぐゆーはねぇ、あぁ、おなかがみんなとちがうよ……。」
「おなかとは?」
「うーんとね……、ぼく、赤ちゃんを産めるんだって。お母さんがそう云ってた……、」
「ほかには?」
「うぅ~ん、……ほかにはぁ、口の中にお月さまがあるよ~。」
「月?」
「うん。……見るぅ?」
シリルは、あ~んと大きく口をひらいた。ディランがのぞき込むと、三日月の痣が舌の上に確認できた。
「シリル様は、両性具有の意味をきちんと理解されていますか?」
「うん、理解してるよ。ぼくは、女の子だから、いつか、誰かの赤ちゃんを産まなきゃならないんだよね……。ふわぁ~あ、眠いィ……。」
「長々と質問に及び、失礼しました。お休みになりますか。」
「うん、おやすみ、ディラン~。」
シリルは、寝台に移動して丸くなる。湯浴みの片付けをすませたディランは、小さくため息を吐いた。いつか、シリルは妊娠する覚悟はあるようだ。ディランは、必要な生殖相手が自身であることを願った。
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