98 / 364
第 97 話〈ディランの存在〉
しおりを挟む「初めまして、リシルド獣王子。私のことは、ディランとお呼びください。」
「でぃらん?」
「はい。ディランルート=ガロム=ユーリーンと申します。」
「がろむゆ~り~ん。」
「はい。そうです。」
「ぼくはね、シリルだよ。」
「え?」
「シリルって呼んでね。自由って言葉の響きが好きなんだ。だから、希望って呼ばないでほしいな。」
「か、かしこまりました。シリル様。」
「うん。よろしくね、ディラン!」
これは、シリルとゼニスが出遭う数十年前の昔話である。コスモポリテスで暮らす獣人族の村は、アカデメイア川の下流に位置する農作地帯に程近い場所にあった。自然界にあるものを利用して建てられた家屋が並び、ひと家族ずつが、のんびりと生活を送っている。
また、獣人の村には必ず獣王の血を引く王族が居を構えており、不測の事態に備えている。そのため、各地に点在する村の秩序は、どこも安定していた。
その日、10歳の誕生日をむかえたシリル(人間年齢に例えると16歳くらい)は、獣王から新たな世話役を紹介された。ディランという、同じ村で産まれた雄の獣人である。シリルの見た目は(両性具有につき)だいぶ幼かったため、初対面のディランは“まだ子どもだな”と勘違いした。ちなみに、この時のディランは、成獣になったばかりである。〔第91話参照〕
本来、成獣は繁殖行動を優先して村から出ていく必要があったが、ディランは獣王子の従者として、これからしばらくの間、シリルと暮らすことになる。そして、すぐさま疲労困憊となった。
「きゃはーっ!! ディラン~!! 見て、見て~っ、いま、そこにこ~んな大きな蛇がとおったよぉ!」
「シリル様、蛇を見つけても、あまり近づいてはなりません。毒蛇かも知れませんよ!」
「えー? だいじょうぶだよ~。ぼく、噛まれたりなんかしないもの! あっ、グミの木がある。これ、食べられるんだよ~。」
「シリル様、お待ちを。むやみに口にしてはいけません。まずは、私が毒味をしてからです!」
獣王から世話役を命じられたディランは、晩から朝方まで元気いっぱいのシリルを追いかけて、走りまわっていた。裸身の獣王子は気楽なようすで、村の外周までピョンピョン足をのばす。王族の出身でありながら言動に飾ったところはなく、天真爛漫な性格だった。ディランは真面目な性格につき、最初のうちは、シリルの面倒はみきれないかも知れないと挫折したが、根気強く付き合っていくと、生来の愛らしさを感じた。
「シリル様?」
「……う……ん。なんだか眠くなっちゃった。」
忙しなく動いていたかと思えば、張りつめた糸がプツリと切れたかのように、パタッと寝てしまう。草原の上で丸くなるシリルを見おろして、ディランは小さく肩をすぼめた。シリルの寝顔はまるで子どもだが、こんなふうに自然体でいるようすを見るかぎり、信用されているようで、嬉しくもあった。ディランが腰をおろすと、眠ったかと思ったシリルが、コーラルレッドの眼をパチッと、ひらいた。
シリルはディランの胴体によじ登ると、胸板へ頬をぴったりくっつけて瞼をとじた。ディランの心音や体温を直に捉えながら、安心して眠りにつく。獣の家族の多くは、そうして寄り添って眠る慣習をもっていたが、王族は異なるため、シリルは小さい頃からひとりで過ごしていた。誰かが常に側にいる生活は、シリルにとって初めての経験だが、それは、ひどく安心する感覚だった。
「……ディラン、」
「はい。」
「ディランの心臓、ドキドキしてる。」
「シリル様と同じです。」
「こうしてるとあったかいね。ディラン、このまま寝てもいーい?」
「ど、どうぞ。」
シリルはディランの胴体に乗ったまま、1時間ほど昼寝をした。その間身動きが取れなくなったディランだが、周囲に目を向けて、不審な影が近づいてこないか警戒した。シリルの健康と安全を守ることが、ディランの務めだが、次第に個人的な感情を抱いてしまうようになる。
* * * * * *
1
お気に入りに追加
185
あなたにおすすめの小説

身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

ふたなり治験棟
ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。
男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!





禁断の祈祷室
土岐ゆうば(金湯叶)
BL
リュアオス神を祀る神殿の神官長であるアメデアには専用の祈祷室があった。
アメデア以外は誰も入ることが許されない部屋には、神の像と燭台そして聖典があるだけ。窓もなにもなく、出入口は木の扉一つ。扉の前には護衛が待機しており、アメデア以外は誰もいない。
それなのに祈祷が終わると、アメデアの体には情交の痕がある。アメデアの聖痕は濃く輝き、その強力な神聖力によって人々を助ける。
救済のために神は神官を抱くのか。
それとも愛したがゆえに彼を抱くのか。
神×神官の許された神秘的な夜の話。
※小説家になろう(ムーンライトノベルズ)でも掲載しています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる