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第 97 話〈ディランの存在〉
しおりを挟む「初めまして、リシルド獣王子。私のことは、ディランとお呼びください。」
「でぃらん?」
「はい。ディランルート=ガロム=ユーリーンと申します。」
「がろむゆ~り~ん。」
「はい。そうです。」
「ぼくはね、シリルだよ。」
「え?」
「シリルって呼んでね。自由って言葉の響きが好きなんだ。だから、希望って呼ばないでほしいな。」
「か、かしこまりました。シリル様。」
「うん。よろしくね、ディラン!」
これは、シリルとゼニスが出遭う数十年前の昔話である。コスモポリテスで暮らす獣人族の村は、アカデメイア川の下流に位置する農作地帯に程近い場所にあった。自然界にあるものを利用して建てられた家屋が並び、ひと家族ずつが、のんびりと生活を送っている。
また、獣人の村には必ず獣王の血を引く王族が居を構えており、不測の事態に備えている。そのため、各地に点在する村の秩序は、どこも安定していた。
その日、10歳の誕生日をむかえたシリル(人間年齢に例えると16歳くらい)は、獣王から新たな世話役を紹介された。ディランという、同じ村で産まれた雄の獣人である。シリルの見た目は(両性具有につき)だいぶ幼かったため、初対面のディランは“まだ子どもだな”と勘違いした。ちなみに、この時のディランは、成獣になったばかりである。〔第91話参照〕
本来、成獣は繁殖行動を優先して村から出ていく必要があったが、ディランは獣王子の従者として、これからしばらくの間、シリルと暮らすことになる。そして、すぐさま疲労困憊となった。
「きゃはーっ!! ディラン~!! 見て、見て~っ、いま、そこにこ~んな大きな蛇がとおったよぉ!」
「シリル様、蛇を見つけても、あまり近づいてはなりません。毒蛇かも知れませんよ!」
「えー? だいじょうぶだよ~。ぼく、噛まれたりなんかしないもの! あっ、グミの木がある。これ、食べられるんだよ~。」
「シリル様、お待ちを。むやみに口にしてはいけません。まずは、私が毒味をしてからです!」
獣王から世話役を命じられたディランは、晩から朝方まで元気いっぱいのシリルを追いかけて、走りまわっていた。裸身の獣王子は気楽なようすで、村の外周までピョンピョン足をのばす。王族の出身でありながら言動に飾ったところはなく、天真爛漫な性格だった。ディランは真面目な性格につき、最初のうちは、シリルの面倒はみきれないかも知れないと挫折したが、根気強く付き合っていくと、生来の愛らしさを感じた。
「シリル様?」
「……う……ん。なんだか眠くなっちゃった。」
忙しなく動いていたかと思えば、張りつめた糸がプツリと切れたかのように、パタッと寝てしまう。草原の上で丸くなるシリルを見おろして、ディランは小さく肩をすぼめた。シリルの寝顔はまるで子どもだが、こんなふうに自然体でいるようすを見るかぎり、信用されているようで、嬉しくもあった。ディランが腰をおろすと、眠ったかと思ったシリルが、コーラルレッドの眼をパチッと、ひらいた。
シリルはディランの胴体によじ登ると、胸板へ頬をぴったりくっつけて瞼をとじた。ディランの心音や体温を直に捉えながら、安心して眠りにつく。獣の家族の多くは、そうして寄り添って眠る慣習をもっていたが、王族は異なるため、シリルは小さい頃からひとりで過ごしていた。誰かが常に側にいる生活は、シリルにとって初めての経験だが、それは、ひどく安心する感覚だった。
「……ディラン、」
「はい。」
「ディランの心臓、ドキドキしてる。」
「シリル様と同じです。」
「こうしてるとあったかいね。ディラン、このまま寝てもいーい?」
「ど、どうぞ。」
シリルはディランの胴体に乗ったまま、1時間ほど昼寝をした。その間身動きが取れなくなったディランだが、周囲に目を向けて、不審な影が近づいてこないか警戒した。シリルの健康と安全を守ることが、ディランの務めだが、次第に個人的な感情を抱いてしまうようになる。
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