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第 95 話
しおりを挟む温水地で入浴をすませたシリルは、ぶるぶると首を振って水滴を払うと、岩の段差に腰かけているゼニスのところまで歩み寄った。
「あのね、ゼニス。ちょっといい?」
「……その前に衣服を着ろよ。」
「え? まだ濡れてるからこのままでよくない?」
「……なら、向こうで聞く。」
ゼニスはシリルが脱いだ衣服を手に取ると、なるべく人目につかない木陰まで移動した。あとからついて来るシリルは、足許に咲く野苺の花を見つけて、しゃがみ込む。振り返ったゼニスは、どこまでも無邪気にふるまうシリルを見つめ、ため息を吐いた。いつ強姦に襲われてもおかしくない恰好をしていながら、警戒心が欠如している。
コスモポリテスが平和なお国柄とはいえ、物騒な流言は、いくらでも耳に届いてくる。とくに、獣人に関する情報は、邪な内容が多かった。とはいえ、ゼニスほど獣人と接点を持つ人間はあまり存在しないため、流言話に必要悪な尾ヒレがついてしまうのは、世の常でもあった。
事実を知らないからこそ、羨望のまなざしが向けられるものである。だが、獣人族は人間に渇望されるほどの財産を所有しておらず、暮らしぶりも自給自足が基本で、比較的のんびりとした性格をしていた。しかし、獰猛な野生動物の血を受け継ぐ印象が強く、世間からは危険視ばかりされている。近寄りがたい存在らしいが、早い段階でシリルになつかれてしまったゼニスとしては、むしろ、友好的な種族に思えてならなかった。人間と獣人とのあいだには、長い歴史上のどこかで隔たりが生じていたが、その点を少し残念に感じるゼニスだった。
「シリル。」
名前を呼ばれて顔をあげたシリルは、ニコッと笑って見せる。ゼニスは素直に、愛おしく思った。コスモポリテスに近いオルグロストの荒れ地で出会ってから、もうすぐ1年が経過するが、シリルの見た目に変化はなく、ゼニスとしても、悩ましい日々を送っていた。
とくに、両性具有は成長がゆるやかにつき、シリルが望むゼニスとの交接は、数年先までおあずけ状態となっている。獣人族は、人間のように愛し合って性交渉におよぶことはない。あくまで、子孫を残すために必要な手段として肉体をつなげる。そのあたりの意識のズレは、ゼニスのほうで理解を示すしかない。むやみに肌へは触れず、肉欲をそそる雰囲気とはならないよう注意した。たまに、ふざけたりもするが。
シリルはゼニスに抱きつくと、キスをしたくて首を伸ばした。
「話があるんじゃなかったのか。」
「そうだけど、キスしてからでもいいじゃんか。」
「する必要があるのか?」
「あっ、なにそれ、ひどいなぁ! ぼくからの愛情表現なのに、ゼニスは拒絶するの?」
「いいや。」
ゼニスはシリルの腰を引き寄せると、前かがみになって口唇を重ねた。舌を挿入して唾液を吸ってやると、シリルは「ふぁっ、わっ、わあっ、」と云って、うろたえた。ゼニスから積極的な口づけを受け、とろんとした表情になる。
「んっ、んんっ、……ゼニスぅ、」
シリルは、口づけを愛情表情のひとつだと認めているため、ゼニスは長めのキスをして期待に応えた。シリルは満足げにうっとりとゼニスを見つめた。
「……あ、あのね、ゼニス。ぼくね、おっぱいが大きくなる回数が増えてきたんだ。これって、もしかしたら発情期が近づいてきた証拠なんじゃないかな? ……約束、忘れてないよね?」
「ああ、忘れてない。」
「よかった。ゼニスなら大丈夫だよね。その時がきたら、ぼくと交接してくれるよね。」
「ああ、約束は守る。」
「ホントに?」
「ああ。」
「……えへへ。ごめんねゼニス。べつにうたがってたわけじゃないから、誤解しないでね。……ちょっと不安になっただけで、ちゃんと信じてるから、」
「情緒が不安定なのは、体内の細胞が原因だろうさ。」
「……そ、そうなの?」
「人間にも思春期があるからな。」
「ししゅんき?」
「春を思う期間と書く。」
「へぇ、なんだかステキな響きだね。」
「自分以外の誰かを真剣に思う感情は、奇蹟と呼べるだろう。」
「それじゃあ、ぼくたちの関係も奇蹟?」
「とびきりな。」
やがて、シリルとゼニスは、コスモポリテスの地を離れて暮らすことになる。それは、ふたりだけの軌跡だった。
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