恭介の受難と異世界の住人

み馬

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第 94 話 〈純粋になれたら〉

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 「ゼニス、会いにきたよ!!」
 そうって抱きついてくるシリルを受けとめたゼニスの表情は、いくらか硬張こわばっていた。
 
 好きなひとに会いたい一心いっしんで、遺跡ルーインから監視塔サーベイランスに向かったシリルは、はやる気持ちをさえきれず、心臓がドキドキと高鳴たかなっていた。かつて、人間に恋をした獣族けものがいたように、混血種ハーフで両性具有の獣王子シリルが、ゼニスと愛し合う展開に不自然はない。ただし、それは獣人けひとの道理に反する感情だった。

 遺跡ルーインをあとにしたシリルは、監視塔へ到着するなりゼニスの名前を呼んだ。遠耳とおみみの能力がそなわっているゼニスは、持ち場の9階から階段を駆けおりてきた。
「リシルド、」
「あっ、ゼニスだ! 会いにきたよ!!」
 勢いよく胴体にしがみつかれ、ゼニスは一瞬よろめいた。
「おまえ、ひとりでか?」
「うん、ひとりでだよ!」
 シリルは、ゼニスの胸もとにほおをすり寄せて甘える。シリルの高い声を聞いた警備員らが、とう入口いりぐちに集まりだすため、ゼニスは場所を変えることにした。8階にある物入ものいれ室へシリルを連れていくと、扉をめて背後を振り返った。

「ゼニスの制服姿、かっこいー! えへへ、久しぶりだね。元気にしてた?」
「ああ。おまえのほうは、相変わらずみたいだな。」
「うん! 何も変わらないよ。」 

 それはつまり、まだ発情期でもなければ、成獣でもないという意味も含まれる科白セリフだった。シリルは衣服を着ていたが、ゼニスは下半身へ視線を落とした。出会いから長旅ながたび最中さなか、シリルの未熟な部位にれたゼニスは、寄り添う覚悟もなしに手をだした過失かしつを反省していた。両性具有の存在を知らなかったとはいえ、迂闊うかつ真似まねである。
 ゼニスはコスモポリテスに来てから、獣人族について色々と調べた。知識がさきにあればこそ、何事なにごとも動じずに対処が可能となる。特異とくい奇抜きばつ獣王子シリルを受けとめるには、もうしばらく勉強が必要だった。

 現在、職務中のゼニスは、この状況をどうすべきか考えた。わざわざ会いにきたシリルを、無下むげに追い返すわけにもいかない。それに、ゼニスのほうでも、元気そうな顔が見れて安堵あんどした。
「……シリル。」
「なぁに?」
「おれはこれから温水地まで見廻みまわりに行く。おまえもるか。」
「うん、行く!」
「よし、それならついてい。そばを離れるなよ。」
「はーい。」
 ゼニスはシリルを見廻りに随行ずいこうさせる判断をくだし、ふたりだけの時間をつくることに成功した。明るく笑うシリルと共に、危険がともなう林道を歩きだす。

 最初のうちは肩を並べて歩くふたりだが、かたわらのシリルはゼニスを見あげて口をひらいた。
「ねぇ、手をつないでもいい?」
「……手、」
「ダメかな?」
「そういうわけではないが……、」
 ゼニスは肉食動物を警戒けいかいして歩くため、できれば利き手はすぐに使える状態が望ましい。だが、そんな現実問題を思考から排除しているシリルは、コーラルレッドの双瞳ひとみで、じっと見つめてくる。純粋なまなざしだった。ゼニスは不測ふそくの事態に備え、腰のつるぎを片手に持つと、左手を差しだした。
「ほらよ。」
「やったぁ! わぁっ、ゼニスの手、大っきいね。」
「なんだよ、今更いまさら。」
「えへへ。」
 ゼニスと手を繋いだシリルは、うれしそうに目を細めた。ゼニスの懸念けねんをよそに、温水地が視界に見えてくる。そこには、白くて濃い湯気ゆげが立つ露天風呂ろてんぶろがあった。

「ぼく、入浴しようかな……。」
「したければ、そうしろよ。」
「ゼニスは? 一緒にはいらないの?」
「おれは仕事中だ。ここで見ててやるから、おまえだけはいれ。」 
「うん、わかった。そうするね!」

 シリルはゼニスの目の前で裸身はだかになると、湯水にかった。「はわぁ~、気持ちいい~」と云って犬かき、、、をするシリルの姿を見たゼニスは、無意識に苦笑くしょうした。

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