恭介の受難と異世界の住人

み馬

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第 91 話 〈その後のシリル〉

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 ※物語はシリル編となります。

 ゼニスと別れ、ひとり森の中を歩くシリルがいた。ワンピースのすそをひらひらと揺らせながら、のんびりと村へ向かう。オルグロストから今日までの出来事が映像となり、頭の中を鮮明にめぐっていた。

「……はぁっ、ゼニスってば、本当にかっこよかったなぁ。あんなにかっこいい人間がいるなんて、ずっと村にいたら、全然知らなかったよ。う~ん、別れたばかりなのに、もう会いたいや。ゼニス、ゼニスぅ。ぼくの旦那だんなさま。えへへ。……早く成獣おとなになりたいなぁ。そうすれば、毎日好きなひとと一緒にいられるのに……。」

 すっかりゼニスに心酔しんすいしていたが、シリルにはすでに、ディランルート=ガロム=ユーリーンという、獣王が候補として名をあげた伴侶はんりょにふさわしい能力をそなえた凛々りりしい成獣がいた。〔第37話参照〕
 風に乗ってシリルのにおい、、、を嗅ぎ分けたディラン、、、、は、村の入口付近に待機していた。シリルの姿が見えてくると、すぐさま駆け寄った。
「シリル様! なぜ、おひとりなのですか!? 護衛獣をふたり付けたはずですが……、」
 血相を変えてく。ディランは当初から獣王子おうじのオルグロスト行きを危惧きぐしており、ぐっすり寝つけない夜を過ごしていた。
「ただいま、ディラン。護衛獣おともなら、たぶん、戻らないと思う。……ぼくを守るため残ったきり、追いついてこなかったんだ。」
「いったい、それはどういうことですか? あちらで何が起きたのです?」
「……うん、色々あったよ。あとで話すね。お父さんに会ってくる。」
「わ、わかりました。途中までご一緒にまいりましょう。」
 王族の住居(シリルの寝床ねどこ)は、村の奥にある。追従するディランは、人間のにおいをまとうシリルのようすを気にかけた。それはゼニスという男の痕跡こんせきであったが、ディランが面識めんしきを持つ機会はなく、以後、姿形すがたかたちの見えない恋敵こいがたきに悩まされる日々を送るハメとなる。

 シリルが報告をすませて自分のねぐらへ戻ると、ディランによって湯浴ゆあみの仕度したくが整っていた。シリルは衣服を脱ぐと、いつもそうしているように丸太まるた椅子イスへ座り、なんの恥じらいもなく股をひらいた。ディランは綿布を湯でしぼり、シリルの排泄器官から丁寧に拭きはじめた。
「……ねぇ、ディラン。」
「なんでございましょう。」
「ディランは、もう成獣なんだよね?」
「はい。そうです。」
 獣人けひとにしてはめずらしく、ディランは内衣ないえを身につけているため、肌の露出は少なめだ。村で過ごす獣人たちは、たいてい全裸につき、シリルはディランの男性器をいちども見たことがなかった。
「あのさ、ディランの生殖器おちんちんも、太くて長いの?」
 下半身の部位を誰か、、と比べる発言を耳にしたディランは、一瞬手がとまった。
「な、なんですって?」
「えへへ。こんなこと聞くなんて、ぼく変だよね。なんでもない、忘れて!」
 シリルは笑顔で前言を撤回したが、ディランは眉をひそめ、怪訝な表情になる。黙々とシリルのカラダを拭きながら、オルグロストで何が起きたのかかんぐった。また、帰らぬ護衛獣についての言及げんきゅうは避けた。
 
 村で暮らすディランが獣王の目にとまり、シリルの世話役に任命されたのは、今から数十年前のことである。当時、成獣になったばかりのディランは、おさないシリルと兄弟のように過ごした。やがて、性毛がえそろい立派なオスへと成長したディランは、獣王から、シリルが“両性具有”である事実を告げられた。にわかに動揺したディランは、
おそれながら申しあげます。なぜ、そのような重大な秘事ひめごとを、私に打ち明けられたのですか。」
 と、聞き返さずにはいられなかった。シリルは雌性器官を持つ、希少な存在だった。さらに、獣王からシリルの伴侶になるつもりはないかとたずねられたディランは、
「誠に光栄なお言葉ですが、まずは、シリル様のお気持ちを大事になさるべきかと存じます。」と応じて、ますます獣王に気に入られる立場となった。

「終わりましたよ。」  
「う~ん、ありがとう、ディラン……、」
「眠いようですね。お休みになりますか。」
「うん、寝るぅ。」

 肌の汚れをすべて拭き取ったディランは、まぶたをこするシリルを抱きあげると、慎重しんちょうな手つきで寝台ベッドまで運んだ。

     * * * * * *
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