恭介の受難と異世界の住人

み馬

文字の大きさ
上 下
91 / 364

第 90 話

しおりを挟む

「シリル!! 走れ!!」

 ゼニスの号令に、シリルは瞬時に反応した。中央広場をあとにしたふたりは“食人鬼じきにんき”と呼ばれる、肉食の野生動物が棲息せいそくする林道に差しかかっていた。

「何あれ、何あれっ!?」
「シリル、うしろはいいから前を向いて走れ!」
「わわわっ、なんだよー!」

 黒い物体に追われるふたりだが、どちらも持久力じきゅうりょくはあるため振り切ることができた。立ちどまった位置から、監視塔サーベイランスの外壁が見えている。
「はぁーっ、びっくりしたね。いきなり出てくるンだもん。でも、ぼくがとなえれば、逃げていったかも……、」
「……唱えるとは?」
「うん。ぼく、これでも獣王子おうじだからね。仲間に助けを求める術力ちからみたいなのを持っているんだ。使ったことは、ないけれど……。」
「使わなくて結構だ。」
 ふたりが呼吸を整えていると、直槍すやりを手にした監視員が駆けてきたが、遅すぎる登場である。
「無事か!?」とくやいなや、ゼニスが腰からさげるつるぎに目をとめた。
「そちらのおまえは、渡り戦士なのか? いやはや、食人鬼に襲われて無傷むきずとはな。んん? そっちのおまえは、眼が赤いな。もしかして、獣人けひとか?」
 シリルは監視員の男を警戒して、ゼニスの背後に隠れた。ゼニスもまた、獣王子シリルについて詮索せんさくされては面倒につき、話題を変えた。

「ああ、見てのとおり、戦いは得意でね。おれは今、職探しょくさがしの身なんだが、監視塔で働くことはできないか?」
「おお! それはいさましいな。腕に自信があるやつは大歓迎さ。ただでさえ、人手不足なんだ。身元を証明できるものがあると、尚良いんだがな。」

 ゼニスはサックの中から傭兵ようへい戦績書せんせきしょを取りだして渡した。〔第71話参照〕
 内容を一読いちどくした監視員は、「おまえ、すごい経歴の持ち主だな!」と云ってうなずいた。
「いいだろう。あとで塔までこい。隊長に紹介してやるよ。」
「よろしくお願いします。」
 監視員の男は戦績書を預かったまま、その場から立ち去った。途端とたんに、シリルがピョコッとゼニスの前に出てくる。

「ゼニスは監視塔で働くの? もうようへい、、、、はやらない?」
「ああ。」
「やったぁ! 監視塔あそこなら、遺跡ルーインに行くときに立ち寄れるし、ゼニスがコスモポリテスにいると思うと、すごくうれしい!!」
「……仕方ないだろう。傭兵はしばらく休業だ。今後は、おまえのことを気にかけなきゃ、ならんからな。」
「え? それって、どういう意味?」
「とぼけるなよ。」
「ほえ?」
「おまえがいつ成獣おとなに成長するか、わからないだろうが。おれが近くにいなくてどうするんだ。」
「あっ、そ、そうか……。うん、そうだよね……。」

 ゼニスの思わせぶりな科白セリフに、シリルは、ほんの少しだけ不安げな表情へと変わった。獣人族の村までは、あと数十キロほど西緯にしへ向かえば到着する。それはつまり、ゼニスとのお別れ、、、を覚悟しなければならない。いちど村に戻れば、そうすぐに外界へ出ることはできなかった。シリルは、おもむろに衣服ころもを脱ぐと、ゼニスに裸身をさらけだして、、、、、、見せた。

「あのね、ゼニス。ちゃんと約束してくれる? ぼくが成獣になって発情したら、交接して欲しい。ぼく、ゼニスの赤ちゃんだったら産んでみたい。人間とカラダをつなげるのはこわいけど、でも、ゼニスならいいよ。だから、必ず迎えにきて。絶対に忘れないで。」

 ゼニスは無用な思考におよばず、シリルの告白を聞き入れた。自然な動作でひざまずくと小さな手を取り、迷うことなく承諾しょうだくする。すべての責任を負う決心を固めたゼニスは、自分の意志をはっきり伝え、シリルを安心させた。

「ありがとう、ゼニス。ぼくのために、こんなところまでついて来てくれて、本当にありがとう。……これからもよろしくね。絶対、監視塔に会いに行くからね。新しいお仕事、がんばって。」
「ああ。おれのことは何も心配するな。気をつけて帰れよ。」
「うん。……さようならゼニス。またね。」

 シリルを見送れる場所は、森の途中までだった。獣人族の臭覚にふれないよう、、、、、、、注意を払っての結果である。本来、どこの国でも獣人は人間と深く関わろうとはせず、同族にしか心身を許さない習性を持ち合わせていたが、シリルの感覚は完全に異なっていた。ついに、甘言に乗せられたゼニスだが、こののち、数年に渡り、監視塔に身を置くことになる。

     * * * * * *
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

皇帝陛下の精子検査

雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。 しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。 このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。 焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?

少年達は淫らな機械の上で許しを請う

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

ふたなり治験棟

ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。 男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...