恭介の受難と異世界の住人

み馬

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第 89 話

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 ゼニスはシリルの問いに答えず、しばらく沈黙していたが、やがて、首を横へ振った。

「じきに、この旅は終わる。おれのことを知る必要はないだろう。」
「終わるから、ゼニスのことをしっかりおぼえておきたいんだ。……話したくないの?」
「過去を知ってどうする? おまえの見てきた姿が今のおれだ」
「好きなひと昔話むかしばなしに興味があるだけで……、そう思うのは、いけないことなの?」
「それは欲とも云う。」
「ぼく、欲張りかな?」
「少なからず。」
「ゼニスは、欲張りはきらい?」
「いいや。」
「そう、よかった。……でも、あんまり気がすすまないみたいだから、この話はやめるね。ごめんね、ゼニス。」

 シリルは衣服いふくを脱いで裸身はだかになると、寝台ベッドに寝そべった。無理やり相手の気持ちを確かめようと思わないシリルだが、それは、ゼニスを信頼しているからでもあった。実際、ゼニスの感情は変化していたが、シリルはまだ、その秘めた欲望を知らずにいた。
 ゼニスは腰巻きベルトをほどいて上衣だけ脱ぐと、ぎしり、と寝台をきしませてシリルの全身へおおかぶさった。突然の状況に、シリルは少しだけ当惑する。

「ゼ、ゼニス?」
「おれの名は、ゼニス=ディーン=ルークシードだ。」
「……あ、ぼくは、リシルド=ディアラ=ガーデンハーツっていうの。」

 互いに正式名フルネームを伝え合うと、口唇くちびるを重ねた。ふたりは寝台の上で、いつもと異なる展開を迎える。

「ゼ……ニス、」

 首筋を吸われ、少しずつ下降してゆくゼニスの舌が胸の突起へれると、シリルは思わず「ぁんっ」と、高い声がでてしまった。

「や、やだぁ、ゼニスってば。変なことしないでよ、エッチ!」
「変なこと?」
「そうだよ。ぼく、発情してないのに、どうしてこんなことするの?」 
「……なるほど。そう云う段取りが必要なのか、」
「ほえ?」
「気にするな。こっちの話だ。」

 ゼニスはシリルから離れ、となりの寝台へ腰をおろした。シリルとのたわむれは、人間同士が愛し合う勝手とは異なるらしい。性行為はあくまで、繁殖はんしょくの手段として考えている。生来の獣人気質によるもので、人間の理性を正しく解釈していなかった。
 ゼニスのほうで、愛情表現をまちがえてしまった気分である。こればかりはしかたないため、シリルに対する接し方を考えなおした。以後、ゼニスは不必要に肌へ手をださなくなるが、シリルとしては寂しい気持ちが引き起こされることとなる。〔第41話参照〕

 朝になると、めずらしく先に起床していたシリルが枕もとにしゃがみ込んでいた。
「おはよう、ゼニス。ふふふっ。ゼニスは寝顔もかっこいーね。」
「……いつから見ていた、」
「えっとね、1時間くらい前かな。」
「……暇人ひまじんめ。」
「ひまじん? なぁに、それ。」
「わからなきゃ、いい。」
 ゼニスはわざとらしくため息を吐くと、身なりを整えた。予定では今日中に獣人族けひとぞく領へ到着する。シリルもそれを承知していたが、朝から明るくふるまっていた。
 宿屋やどで準備された朝食をすませると、ゼニスが会計をするあいだに外へでたシリルは、にぎわう中央広場に関心の目を向けた。ゼニスが扉から出てくると、早速、遠くに見える噴水を指さして云う。

「ねぇねぇ、向こうにたくさん人間ひとがいるよ! 行ってみようよ!」

 ゼニスはシリルの言葉に従い、市場を散策した。低い屋根の仮設の小屋こやが立ち並んでいる。人込みの中を歩くシリルを追って歩くうち、ひときわ豪勢な建物が見えてくる。コスモポリテスの王立図書館である。オルグロストの殺伐さつばつとした空気感に比べ、コスモポリテスの城下町は健全な場所にみえた。

「ゼニス、これ、なにかな?」
 
 シリルに話しかけられて視線を落とすと、道端みちばた出店でみせに色々な柄の小刃ナイフがずらりと並ぶ。ゼニスは目を細めたのち、売り子にたずねた。
「コスモポリテスの日常に、こんな武器ものが必要なのか。」
 売り子の若い男は、「いらっしゃい」と挨拶をして続けた。
「兄さん、このへんの人間じゃないね。そっちのかわいい子、、、、、も珍客だ。まぁ、いい。こんなものが必要になる場面くらい、どこの国だってあるだろう。ああ、そうだ。監視塔サーベイランス付近を通るなら、林道に気をつけな。人食ひとくいの鬼がでるぞ。」
 危険な情報より、ゼニスは監視塔という言葉が気になった。
 
     * * * * * *
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