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第 88 話 〈約束された秘事〉
しおりを挟むゼニスの役目は、終わりが近づいていた。それは、シリルとの別れを意味していたが、どんなに好意を示されても、首を縦に振ることはできなかった。
「あのね、もう少し先に行くと、コスモポリテス城があるよ。オルグロストに向かうときも見えたけど、茶色くて砦みたいな建物なんだ。」
進む道程が自国の領土に変わると、シリルの口数は自然と増してゆく。コスモポリテスは、年間を通じて温暖な気候である。寒冷帯に位置する国で育ったゼニスは、衣嚢から手巾を取りだすと額に添えた。シリルは気化熱で体温を調節できるため、汗ばむようすは見られない。
現在のふたりは緑の山野を抜け、コスモポリテスの東方を通過していた。獣人族の棲まう領域までは、アカデメイア川に沿って移動すれば2日ほどで到着する計算だが、シリルはやや南方へ向かって歩きだした。ゼニスに王宮を見せようとしており、寄り道をするぶんにはかまわないため、シリルの案内に付き合うことにした。なんとか無事に、長旅は終わりを迎えようとしている。
コスモポリテスは、長いあいだ政権が安定している国として有名らしく、それはゼニスの耳にもすぐに聞こえてきた。すれ違う旅人や行商人が口ずさむ世間話は、色々な意味で情報源となっている。ただでさえ、聴覚が異常に発達したゼニスは、不必要な雑音が頭の中へ響いてくるため、耳栓は必需品となっていた。
「見てみて、ゼニス。ほら、お城だよ!」
「……ああ、見えてるよ。」
「すごいなぁ。立派だね。」
「そうだな。」
ふたりは小高い丘から、コスモポリテスの城砦をながめた。足許にリンドウ科の曙草が咲いている。星の形をした花をつける二年草で、五弁の花びらにはさらに小さな緑色と黒紫色の点がある野草だ。蟻が黄色い蜜腺に集まっていた。
人間も動物も植物も、世界に必ず存在する生きものである。ゼニスは、城砦を見つめるシリルの横顔に目をとめ、いよいよ気持ちの整理を強いられた。これから先、シリルとの関係をどうすれば最善なのか真剣に考えていると、ふと、宙で目が合った。こちらを振り向いたシリルは、ニコッと笑う。その仕草や表情が愛おしく見えてしまったゼニスは、フイッと首を横に捻った。
「……ったく、まいったな。」
「ん、なにが? どうしたの、ゼニス?」
「なんでもない。」
「そう? なら、いいけど……、」
ゼニスに本心をはぐらかされたシリルだが、「ふんふ~ん」と鼻歌まじりに歩きだす。暖かい風に、曙草が揺れていた。進行を再開したふたりは、夕刻には城下町へたどり着いていた。辺りは薄暗いため、異国からやって来たゼニスの風貌や、コーラルレッドの双瞳をした獣人のふたり連れを注視する者は少なく、本日の宿屋に到着した。
「わぁっ、ちゃんとした寝台で寝るの久しぶりだね~。ふかふかだぁ。」
部屋にはいるなり、シリルは寝台の上に転がった。それはまるで子どもだが、ゼニスは何も注意せず、自由にふるまわせた。剣を壁に立てかけると、シリルから、「見せて」と声をかけられた。商売道具に興味を持たれたゼニスは、「刃に気をつけろよ」と云って、シリルに手渡した。
「わわっ、けっこう重たいんだね。」
両手で受け取ったシリルだが、予想外の重量に驚いて目を丸くした。
「ゼニスって、やっぱりすごいなぁ。こんな大剣を片手で振るってたもんね。……う~ん、重たい。」
シリルは剣を前方にかまえて見せたが、すぐに下へおろした。鞘から刃を引き抜くと、自分の顔が映り込んで「ひやぁっ」と、おおげさに叫ぶ。
「おい、危なっかしいから返せ。」
今にも指でも切りそうな雰囲気につき、ゼニスは剣を取りあげた。すると、シリルから今更のように質問を受けた。
「ねぇ、ゼニス。ゼニスって、どこの国の人間なの? あんまり見かけない顔だから、コスモポリテスの住人じゃないよね。ぼく、ゼニスの生まれた国の話が聞きたいな。どんな暮らしをしてたの? ……こう云うのって、詳しく聞いたらダメなのかな。」
シリルは寝台に腰をかけ、窓辺へ移動するゼニスの行動を見つめた。改めて、自身の過去を問われたゼニスは「そんなに知りたいか」と、聞き返した。シリルは「うん!」と即座に答えるが、ゼニスは沈黙した。
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