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第 85 話 〈夢にて結ばれる〉
しおりを挟む目くらましを喰らったゼニスの代わりに、シリルが黒い怪物に挑むことになった。ザアザアと吹きつける雨の中、互いに睨み合ったあと、ほぼ同時に相手目がけて走りだす。
「やあっ!!」
と、シリルが叫んで攻撃を仕掛けると、浮浪人の中年男はあえて顔を、ザシュッと切りつけられた。続いて、脇腹を切り裂こうと身をかがめたシリルの髪を乱暴な手つきで掴むと、地面に勢いよく押し倒す。抵抗するひまをあたえず足頸を捉え、左右にガバッとひらいた。ワンピースの裾が大きくめくれ、露出したシリルの急所に顔を近づけてくる。
「わぁ!? 変態っ!! 何する気だよぅ!!」
「げへへっ、しゃぶらせてもらうぜぇっ!!」
「やだやだ、やだよーっ!! ゼニスぅ!!」
結局、シリルは助けを求めて叫ぶ始末だが、浮浪人の男は目的を果たすまえにゼニスに頬を殴られて派手に吹っ飛んだ。
「うわーんっ! ゼニスぅ!!」
「……無事か、」
「うん! 大丈夫!」
いくらか視力が回復したゼニスによって窮地を脱したシリルは、クルッと背後を振り向くと、トドメの一撃とばかり、浮浪人のところまで駆け寄って、股間をギュムッと踏みつけた。
「ぎゃーっ!!!!」
「見たか! ゼニスは強いんだぞ! わかったら変な真似するな! ぼくは、ゼニスとしか交尾しないからな!!」
「わかったわかった! わかったから、もう踏むなっ!!」
グリグリと急所を痛めつけられた男は、涙目になって降参した。なにやら拍子抜けしたゼニスだが、ひとまず安堵した。シリルを性的快楽の対象とみなす輩と遭遇したが、とくに違和感は憶えなかった。他人の嗜好は、それぞれ異なるものである。第三者が口を挟む必要はない。
「……行くぞ。」
ゼニスはサックと剣を手に取ると、シリルを呼び寄せたが、すぐに浮浪人の側を離れてこない。手加減をして殴ったはずの浮浪人が、なぜか倒れたきり、動かなくなっていた。
「……ねぇ、ゼニス。このひと、もしかして死んじゃうのかな。」
シリルは指で、浮浪人の頬をツンツンしながら云う。たとえそうだとしても、自分たちには関係ない。ゼニスはそう思ったが、浮浪人の状態を確認した。
ひゅうひゅうと、浅い呼吸をくり返している。何か云いたげに口を動かすが、言葉にならず聞き取れなかった。
「ゼニス、どうしよう?」
「ほうっておけ。生きようが死のうが、そいつの勝手だ。」
「……でも、これが最期なら、看取ってあげようよ。」
シリルなりに同情して気遣うため、ゼニスはしかたないとばかり、男の肩を揺り動かして声をかけた。
「おい。何か云い残すことはあるか。」
浮浪人は瞼をとじたまま「まだ……死ぬもんか」と悪態づく。己の死期を覚悟しているようで、「けけけっ」と、うすら笑いさえして見せた。しばらく苦しそうにしていたが、やがて、落ちついた声で身の上話を始めた。
「……あーあぁ、ここは、いったい何処なんだろうなぁ。……どいつもこいつも、日本語をしゃべるくせに、おれが生まれた国と、まるでちがう連中ばかりだ。……あぁ、そうだ。おまえたちもだ。なんだ、そのカラフルな髪と眼の色はよぉ。ふつうはもっと黒っぽいだろう? ……おれは、こんなところでくたばるのか。……まぁ、いいさ。向こうの世界でも、何をやってもうまくいかねぇし、働いても金は貯まらねぇし、周囲から白い目で見られるし、疲れたよ。どうせおれは、できそこないの人間で、社会不適合者なのさ。……こっちに来てからは、それなりに自由にヤらせてもらったから悔いはねぇよ。帰る方法なんて、山にいても見つからねーしな。へへへっ、その代わり男も女も数えきれないくらい襲ってやったぜ。……人肌ってのは、やっぱイイもんだなぁ。いちど覚えたら、たまらないぜ。」
浮浪人の男は、不穏な科白を述べていたが、シリルは無反応である。傍らのゼニスは、虚言癖でもあるのかと心理状態を疑ったが、人づきあいを厄介だと感じる点では共感した。腕一本で稼げる傭兵業は、ゼニスの性分に合っている。男はしゃべり疲れたようで、ごろっと横向きになると、手のひらでゼニスとシリルをあしらった。
その後、“黒い怪物”はオルグロストとコスモポリテスの国境付近で数年を過ごしたが、やがて、栄養失調により息絶えた。その亡骸は山賊に発見され、埋葬される。その事実を風の便りで知ることになるのは、ゼニスだけであった。〔第5話参照〕
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