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第 83 話
しおりを挟む女体化したシリルだが、発情したわけではない。まだ、体内の細胞はその準備の段階で、フェロモンを完全には生成できず、前兆として乳房があらわれたにすぎなかった。しかし、両性具有のありさまを見たゼニスは、いくらか動揺した。
下半身に変化はなく、胸だけが膨らんでいる。衣服を捲った手はゼニスの意識を離れたかのように静止した。見てはいけないものを見てしまった気がするため、顔を横向けようにも、シリルの肉体から目が逸らせなかった。
丸い乳房の先にある桃色の突起が、ピクピクと痙攣している。シリルは顔の筋肉を歪め、自らの手で揉みはじめた。
「はぁ、はぁっ、……んっ、」
幼い容姿のシリルだが、今だけは艶めかしく見えた。
「ゼニスぅ、ゼニスぅ、」
「……どこか苦しいのか?」
「ん……、へ、平気……、そうゆうのじゃないから……、はぁ、はぁっ、」
シリルの胸は少しずつ低くなり、ゼニスの見ている前で元どおりになった。わずか数分間の出来事だったが、こんどはゼニスの身体に異変が起きた。
「……ゼニス、どうしたの?」
「……いや、なんでもない。」
おもむろに立ちあがったゼニスは、小屋の外へでた。雨の中を濡れて歩き、大きな樹木の下で帯巻きをゆるめると、肥大して凝固した男根に指を絡めた。シリルの艶めかしい姿を見て、生理現象が誘引されたゼニスは、複雑な心境である。
「……なにを見て興奮してるんだ、おれは、」
女体化したシリルの言動は、ゼニスの性欲を確実に煽っていた。手淫で性的快楽を得たゼニスは、深いため息を吐いた。シリルに対して、欲情した事実を認めなければならない。
「……冗談にしては、笑えんな。」
ゼニスは皮肉めいた笑みを浮かべ、灰色の空から落ちてくる雨をしばらく見つめた後、シリルの待つ小屋へ戻った。
翌朝、出発の準備を整えるゼニスは、何事もなかったかのように元気なシリルから、いきなりキスを喰らった。ゼニスは、思わずシリルを突き飛ばしそうになった。
「おまえ、何してんだよ。」
「キスだよ。」
「そうじゃない。勝手にするな。」
「前もって、今からするよ~って云えば、いいの?」
「よくない。」
「じゃあ、どうすればいいのさ。」
「しなきゃいいだろ。」
「ええ~っ、ぼく、もっとゼニスと色々なこと試してみたいのに……、」
「何も試すな。おまえは獣王子らしく慎みを持て。学習しろ。」
云うそばから、シリルは衣服を脱いで素っ裸になってしまう。そのまま小屋の外へいき、晴れた空を見あげ、全身に陽光を浴びている。獣人族は夜行性動物につき紫外線が苦手だが、シリルはすっかり馴れたようすで、「気持ちいい~」と云って両腕を伸ばした。徐々に、獣人らしさを無くしてゆくシリルである。それもこれも、人間のゼニスと寄り添うためであり、個人的な努力が悩ましい。
いっそ、はっきりその気はないと拒絶すべきだと思えたが、今はまだ旅の途中につき、不仲になると、コスモポリテスの故郷まで送り届ける責務に支障を来すおそれがあった。ゆえに、ある程度はシリルの好意を容認しておかなければならない。
「シリル。衣服を着ろ。そろそろ行くぞ。」
「もうちょっとだけ!」
ゼニスは腕組みをすると、小屋の扉に背を預けて立ち、シリルを見まもった。水溜りや樹木の根っこを飛び越えたりして遊んでいる。その姿には、色気などまったく感じないゼニスだった。ふたりだけの時間が流れていたが、そのようすを上から見おろす者がいた。衣服は泥のように汚れ、顎髭はボサボサにのび、全体的に黒ずんだ中年の男である。ふたりに気づかれないよう息をひそめ、屋根から凝視する。
その得体の知れない中年男は、腰に剣をさげた青年よりも、裸身で走りまわっている少年へ目をつけた。
にわかに、山賊のあいだで流言が広がりつつある“黒い怪物”とは、今まさに、シリルに狙いを定めた黒ずくめの中年男のことである。
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