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第 82 話 〈近づく嵐の予感〉
しおりを挟む霧雨が降っている。ゼニスとシリルは、旅人用に造られた山小屋で雨宿りをした。雨のせいで空気が冷えるため、シリルは部屋の隅で丸くなり、じっとしている。
ゼニスは剣を鞘から引き抜くと、手巾と植物油を使い、手入れをした。サアサアッと、屋根からガラス窓に流れる雨水の音が聞こえている。小屋の中に灯りはなく、次第に薄暗くなってゆく。
きょうの前進はここまでかと割り切ったゼニスは、サックの中から竹筒を取りだすと、雨水を溜めようとして、ひとり小屋の外へでた。すると、近くの茂みに隠れていた山賊が飛びついて来た。
ガサガサッ、グワッ、バキッ、という連続音のあと、ゼニスに殴られた山賊は「痛ぅ!?」と叫んで地面に膝をついた。不審な足音と気配は、ずいぶん前からゼニスの耳に届いていた。雨音もうるさいくらい、よく聞こえている。山賊が潜む場所や、人数がひとりだということも最初からわかっていた。そのため、剣を振るわず余裕で対処できた。
「……くっ、くそが! 貴様、やるじゃねぇか!!」
「見逃してやるから、さっさと行け。」
「なんだ、その態度は!? 気に喰わんやつめ!!」
山賊は面子を保ちたいのか、わざわざ負けに立ちあがる。ゼニスに拳を突きだしたが、あっさりかわされ、反対側の頬に2発目の攻撃を受け、バシャリッと尻もちをついた。物音に気づいたシリルが、やってくる。
「ゼニス、なに騒いでるの?」
小屋の扉から顔を出すと、山賊の男は「ははっ」と、笑いだした。
「あぁ、なるほど! こいつは悪かった! あんたら、こんな山奥まできて、イイことしようってか!? オタノシミをじゃましたようだな!!」
シリルを女と勘違いされたゼニスだが、色々と面倒なのであえて否定せず、その場を収拾することにした。まずシリルを振り向くと、「中にはいってろ」と短く云う。
「そのひとは誰?」
「雑魚だ。」
「ざこ?」
「おまえは中にいろ。」
「うん、わかった。気をつけてね。」
シリルは扉を少しだけ開けておき、小屋の隅へ戻った。壁にゼニスの剣が立てかけてあるのを目にとめ、外のようすを気にかけた。
「なんだろう、さっきのひと……。でも、ゼニスは強いから大丈夫だよね。」
シリルの心配をよそに、ゼニスは山賊の男と会話を続けた。
「見てのとおり、相手が待っている。オタノシミの時間が減るから、早く消えてもらおう。」
「けっ! どうせかけおちでもしてきたんだろう!? こんな山奥にゃ、滅多にカモはきやしないからな。云っておくが、この先は山賊の根城だらけだぞ。ケガをしたくなければ、通行料を用意して出直すんだな!!」
捨て科白にしては、有益な情報である。無用な紛争は避けたいため、ゼニスは道程の変更を考えた。山賊の男は負けを認めると、謎めいた言葉を残して立ち去った。
「おい、知ってるか? 黒い怪物のことを。せいぜいあの女を盗られないよう、注意するんだな。」
何かの警告らしい。ゼニスはいちおう気にとめておく。竹筒に雨水を溜めてから小屋に戻ると、シリルが抱きついてきた。
「ゼニス!」
「さっきのやつならば、追い払ったぞ。」
「うん。」
「寒いのか?」
「え……、」
「慄えてる。」
「あれ、ホントだ。なんでだろう。……寒くないのに、」
シリルはゼニスから離れ、両手を見つめた。指先が微かに慄えている。寒気などなく、むしろ、顔が火照るようにポカポカしてきたシリルは、「あれれ?」と云って、床にへたり込んだ。
「シリル、どうした。」
「ゼニスぅ、なんか変だよ……、」
「どう変なんだ。云ってみろ。」
「よくわからないけど、カラダが熱いみたい……、」
ゼニスは片膝をついてシリルの顔をのぞき込むと、額に手のひらを添えた。微熱を感じたが、立てなくなるほどの高熱ではない。原因は他にあると察し、ひとまず床に布を敷いて寝かしつけた。シリルの呼吸はハァハァと乱れはじめたが、ゼニスは落ちついて容態を観察した。手首を捉えて脈を測っていると、ある変化に気がついた。
シリルの胸もとが、わずかに盛りあがっている。衣服の皺かと思い、ゼニスは指で直したが、やわらかい感触に当たり、裾を捲って確認した。
「シリル、おまえ……、」
薄い胸板に、ふたつの乳房が並んでいる。ゼニスの目の前で女体化の兆しを見せたシリルは、「うぅ~ん」と云って、腰をひねらせた。
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