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第 81 話
しおりを挟むシリルは両性具有である。ゼニスはまだ、その事実を知らされていなかった。
オルグロストで起きた内乱は、各地に悪影響を及ぼしていたが、ゼニスは国境まで無事にたどり着いていた。シリルと遭遇した荒れ地の衝突はすでに鎮圧されていたが、ゼニスはべつの道程から、コスモポリテスに向かった。オルグロストから隣国へはいるには、いくつかの山を越えなければならない。人間の足で3日を要する距離につき、途中で野宿は必須だった。
シリルの表情や言動はずいぶん明るくなり、惨事の記憶は封印でもしたかのように、ふるまっている。長時間歩き続けても疲労感は見られず、本来の基礎体力はシリルのほうがずっと上だった。
西陽が傾きはじめ、ゼニスは野宿できそうな木陰を探した。草原に腰をおろすと、携帯食のげんし肉をちぎって分け合った。
「ひとつ、訊いていいか。」
「うん、いいよ~。」
めずらしく声をかけられたシリルは、胡座をかくゼニスの真横まで膝を擦り寄せてきた。隣り合って座ると「なあに?」と云って、かわいらしく首を傾げる。すべての仕草が同い歳には見えなかった。とはいえ、相手は獣人につき、色々と勝手がちがうのだろうと理解した。それにしても、シリルの態度には違和感を憶えてならない。長旅の最中、獣人について学習しようと考えたゼニスは、いちばん重要な点を訊ねた。
「おまえは、雌なのか?」
口にしたゼニス本人も、ばかばかしい科白だと思った。シリルの裸身は何度も見てきている。カラダのつくりは少年そのもので、女性らしさはまったくないが、成獣となった暁には生殖行為を要求されているため、何かが矛盾していた。ゼニスの問いに、シリルは、くすッと笑う。
「そうだよ。ぼくは女の子なんだ。」
「だが、おまえの身体は男だ。おれと変わらない。」
「うん。今はね。そのうちにおっぱいがふくらんで、発情するよ。」
「……それはどういう意味だ。」
「えっと、なんて云ったかな。うーんと……、あっ、女体化だ!」
「なに?」
「ぼくは、両性具有なんだって。だから、成獣になって発情した時は、ゼニスに交尾してもらわなきゃ、赤ちゃんが産めないんだ。」
「おまえ、本気で云ってるのか、」
「もちろん。ほら、証拠もあるよ。」
シリルは口を大きく開けると、舌をだして見せた。辺りは暗くなっていたので、ゼニスは顔を近づけて確認した。すると、奥のほうに紫色の痣のような徴を発見した。三日月の形をしている。
「見えた?」
「……ああ。」
「口の中にお月さまがあるでしょ? これは両性具有の特徴で、ええっと……、性紋なんだって。」
「……おまえは、今より成長すれば女になるのか?」
「たぶん、見た目は変わらないよ。このまま大きくなると思う。でも、ゼニスと夫婦になるんだ。」
シリル自身も曖昧な情報を語っていたが、ゼニスは真剣に聞き入れた。冗談として笑い飛ばせない内容の話である。シリルの正体は獣人の獣王子で、さらなる真実が両性具有だと判明した。ようやく、不可解な言動に、つじつまが合う。ゼニスは沈黙したが、シリルは地面に寝そべって欠伸をした。
「ふぁ~あ。朝から動くと、夜には眠くなるんだね。……人間の生活って、おもしろいや。」
現在のシリルは、人間の活動時間に合わせて行動している。それはコスモポリテスに帰還しても、継続事項となった。〔第39話参照〕
シリルは寝息を立てはじめたが、ゼニスは思考を停止せず、考えを整理していた。シリルは本気で自分と夫婦になるつもりでいる。しかし、ゼニスは獣人と生涯をともにする予定はない。もとより、結婚願望を持ち合わせておらず、他者に関心を示さなかった。シリルの場合、いきなり生殖行為を要求する感覚は、獣人ならではだろうと思われた。本来ならば、互いに好感の持てる相手と交際期間をもうけた後、同意の上で肉体関係へと発展する順序が望ましい。
今のところ、思い描く未来が完全にすれ違うふたりだけの旅は、もうしばらく続く。
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