恭介の受難と異世界の住人

み馬

文字の大きさ
上 下
80 / 364

第 79 話 〈ライフサイクル〉

しおりを挟む

 ゼニスは人間だが、シリルは獣人けひとである。ゆえに、朝から晩まで顔を突き合わせて過ごすうち、生活習慣に誤差ごさしょうじた。まず第一に、獣人は夜行性の動物であり、陽射ひざしが苦手だった。

「シリル。しっかり歩け。」

 オルグロストの小さな町で旅仕度たびじたくをすませたゼニスは、サックを背負せおうと、簡素かんそ宿屋やどをあとにした。シリルは今にも転びそうな足取りで、ふらふらと歩いている。見ていて危なっかしいため、ゼニスは「ほら」と云って、手を差しのべた。シリルは「えへへ」と笑い、ガシッと腕に抱きついてくる。
「ねぇ、ねぇ、ゼニス。」
「なんだ。」
接吻キスして。」 
ことわる。」
「ええっ? なんで?」
「なんでもだ。」
「ぼく、獣王子おうじなのにぃ……、」
 町で教わった道程みちのりを歩く最中さなか、シリルと会話が発生するも、まったく噛み合わない。
「早く成獣おとなにならないかなぁ。コスモポリテスに着いたら、ゼニスを獣王お父さんに紹介したかったけど、今のままじゃ、できないや。」
「紹介しなくて結構だ。」
「どうして? ぼくが大きくなって発情、、したら交尾するんだよ?」
「誰に云ってんだよ。」
「ゼニスだよ! ゼニスがしてくれなきゃ絶対にイヤ!!」
「騒ぐな、鼓膜こまくやぶれる。」

 きのうに引き続き耳栓みみせんはしていたが、シリルの声はハッキリ聞こえた。まして、右腕に密着されているため、顔も近い。上背うわぜいはゼニスのほうが20センチほど高いものの、シリルはよく首をのばしてくる。つられて、、、、前かがみになると、うっかり口唇くちびるが重なりそうになるため、ゼニスはなるべく背筋を伸ばし、前方へ目線を向けるようにした。
 ふたりは現在、オルグロストの国境を目ざして歩いていた。ゼニスは町で購入した手書き、、、の地図を片手に、隣国のコスモポリテスへ向かっている。獣人族けひとぞくは各地に生息せいそくしていたが、基本的にどの集落も人間は立ち入り禁止とされており、ゼニスが手当てを受けられたのは、獣王子シリルのおかげでもあった。ゆえに、コスモポリテスまで送り届ける理由は、借りを返す意味もあり、やり遂げるべき責務だと感じていた。
 しかし、シリルは不可解な言動が多く、気苦労きぐろうが絶えない。なぜか交尾、、の話題ばかり持ちだすが、互いに男同士につき、ゼニスは不必要な肉欲行為は避けるべきだと考えていた。もっとも、その常識が通用しない性質だと判明した時、ただちにあやまりを認めざる負えない状況に陥った。

「ゼニスぅ、ぼく疲れたよ。」
「……そうか。少し休憩しよう。」

 いくらも進まないうちに、シリルはしゃがみ込んでしまう。体力不足というよりは、かれた村落むらや、追いついてこない護衛獣のゆくえ、、、を考えると、気分が落ち込むのだろうと察した。ゼニスは傭兵ようへい生業なりわいにしており、惨劇の場は見慣れていたが、シリルに免疫は備わっていなかった。昨夜さくやのこと、宿屋やどの床で眠りについたゼニスは、寝台ベッドの上でうなされるシリルの声で目が醒めた。無抵抗の同族なかまが一方的に切りつけられた以上、人間を憎悪ぞうおしてもおかしくはない。だが、シリルにそのようすは見られなかった。

「飲めよ。」
「なあに?」
「ただの水だ。」
「いただきまぁす。」

 ゼニスから竹筒を受け取ったシリルは、ゴクゴク飲むと「ぷはっ」と云って太陽を見あげた。
「まぶしいけれど、あったかいね。ぼくも、これからは人間みたいに朝から生活してみようかな。」
「今は仕方がないだけで、無理して習性を変える必要はないだろう。」
 ゼニスは手許てもとに返された竹筒を口へ運び、ひと口だけ水を飲むとサックの中にしまった。ふいに、シリルが詰め寄ってくる。
「必要あるよ。ぼくは、大きくなったら村をでるんだ。獣王子おうじだからって、いつまでも同じ村には居られないんだよ。」
「野生で暮らすのか?」
「それも自由でいいけれど、ぼくはゼニスと夫婦ふうふになりたいから、人間と同じように行動する。」
「またその話かよ。」
「うん。ぼくは、ゼニスが好きだから、人間の生き方を知っておきたいんだ。」
 文脈の流れで再び告白されたゼニスは、当初に感じた気の迷いなどではなく、シリルの好意は本心からだと自認じにんした。とはいえ、シリルとの関係は、コスモポリテスの故郷さとへ送り届けるまでの付き合いだと割り切っていた。ところが、ゼニスの思惑おもわくをよそに、これより先は、より親密な関係へ発展する旅路たびじとなる。

     * * * * * *
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

処理中です...