恭介の受難と異世界の住人

み馬

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第 79 話 〈ライフサイクル〉

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 ゼニスは人間だが、シリルは獣人けひとである。ゆえに、朝から晩まで顔を突き合わせて過ごすうち、生活習慣に誤差ごさしょうじた。まず第一に、獣人は夜行性の動物であり、陽射ひざしが苦手だった。

「シリル。しっかり歩け。」

 オルグロストの小さな町で旅仕度たびじたくをすませたゼニスは、サックを背負せおうと、簡素かんそ宿屋やどをあとにした。シリルは今にも転びそうな足取りで、ふらふらと歩いている。見ていて危なっかしいため、ゼニスは「ほら」と云って、手を差しのべた。シリルは「えへへ」と笑い、ガシッと腕に抱きついてくる。
「ねぇ、ねぇ、ゼニス。」
「なんだ。」
接吻キスして。」 
ことわる。」
「ええっ? なんで?」
「なんでもだ。」
「ぼく、獣王子おうじなのにぃ……、」
 町で教わった道程みちのりを歩く最中さなか、シリルと会話が発生するも、まったく噛み合わない。
「早く成獣おとなにならないかなぁ。コスモポリテスに着いたら、ゼニスを獣王お父さんに紹介したかったけど、今のままじゃ、できないや。」
「紹介しなくて結構だ。」
「どうして? ぼくが大きくなって発情、、したら交尾するんだよ?」
「誰に云ってんだよ。」
「ゼニスだよ! ゼニスがしてくれなきゃ絶対にイヤ!!」
「騒ぐな、鼓膜こまくやぶれる。」

 きのうに引き続き耳栓みみせんはしていたが、シリルの声はハッキリ聞こえた。まして、右腕に密着されているため、顔も近い。上背うわぜいはゼニスのほうが20センチほど高いものの、シリルはよく首をのばしてくる。つられて、、、、前かがみになると、うっかり口唇くちびるが重なりそうになるため、ゼニスはなるべく背筋を伸ばし、前方へ目線を向けるようにした。
 ふたりは現在、オルグロストの国境を目ざして歩いていた。ゼニスは町で購入した手書き、、、の地図を片手に、隣国のコスモポリテスへ向かっている。獣人族けひとぞくは各地に生息せいそくしていたが、基本的にどの集落も人間は立ち入り禁止とされており、ゼニスが手当てを受けられたのは、獣王子シリルのおかげでもあった。ゆえに、コスモポリテスまで送り届ける理由は、借りを返す意味もあり、やり遂げるべき責務だと感じていた。
 しかし、シリルは不可解な言動が多く、気苦労きぐろうが絶えない。なぜか交尾、、の話題ばかり持ちだすが、互いに男同士につき、ゼニスは不必要な肉欲行為は避けるべきだと考えていた。もっとも、その常識が通用しない性質だと判明した時、ただちにあやまりを認めざる負えない状況に陥った。

「ゼニスぅ、ぼく疲れたよ。」
「……そうか。少し休憩しよう。」

 いくらも進まないうちに、シリルはしゃがみ込んでしまう。体力不足というよりは、かれた村落むらや、追いついてこない護衛獣のゆくえ、、、を考えると、気分が落ち込むのだろうと察した。ゼニスは傭兵ようへい生業なりわいにしており、惨劇の場は見慣れていたが、シリルに免疫は備わっていなかった。昨夜さくやのこと、宿屋やどの床で眠りについたゼニスは、寝台ベッドの上でうなされるシリルの声で目が醒めた。無抵抗の同族なかまが一方的に切りつけられた以上、人間を憎悪ぞうおしてもおかしくはない。だが、シリルにそのようすは見られなかった。

「飲めよ。」
「なあに?」
「ただの水だ。」
「いただきまぁす。」

 ゼニスから竹筒を受け取ったシリルは、ゴクゴク飲むと「ぷはっ」と云って太陽を見あげた。
「まぶしいけれど、あったかいね。ぼくも、これからは人間みたいに朝から生活してみようかな。」
「今は仕方がないだけで、無理して習性を変える必要はないだろう。」
 ゼニスは手許てもとに返された竹筒を口へ運び、ひと口だけ水を飲むとサックの中にしまった。ふいに、シリルが詰め寄ってくる。
「必要あるよ。ぼくは、大きくなったら村をでるんだ。獣王子おうじだからって、いつまでも同じ村には居られないんだよ。」
「野生で暮らすのか?」
「それも自由でいいけれど、ぼくはゼニスと夫婦ふうふになりたいから、人間と同じように行動する。」
「またその話かよ。」
「うん。ぼくは、ゼニスが好きだから、人間の生き方を知っておきたいんだ。」
 文脈の流れで再び告白されたゼニスは、当初に感じた気の迷いなどではなく、シリルの好意は本心からだと自認じにんした。とはいえ、シリルとの関係は、コスモポリテスの故郷さとへ送り届けるまでの付き合いだと割り切っていた。ところが、ゼニスの思惑おもわくをよそに、これより先は、より親密な関係へ発展する旅路たびじとなる。

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