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第 77 話
しおりを挟むコスモポリテスの獣王子を歓迎する宴が開催かれたのは、3日目の夜だった。果実酒や肉料理などが大きな葉っぱに盛りつけられ、地面にずらりと並ぶ。裸身の獣人たちが焚火を囲み、よくわからない言葉を発しながら踊っていた。丸太に腰かけるシリルはワンピースのような衣服を着ていたが、膝を立てて座わり、股のあいだが見えている。
ゼニスは村落で厄介になる身につき、最初のうちは寝床で剣の手入れをして過ごしていたが、若いほうの護衛獣がやって来て、シリルが呼んでいると云う。ゼニスは腰に剣をさげると、革靴を履いて外にでた。
「ゼニス、こっちだよ!」
シリルに手招きされ、丸太の隣に腰かけると、「膝を立てるな」と一言注意した。シリルは首を傾げたが、云われたとおり両足を前へのばした。いくら獣人とはいえ、男性器は人体における急所のひとつである。むやみに露出させる部位ではないが、宴会を愉しむ成獣たちは殆どが、むき出しのままだった。雌でさえ全裸につき、ゼニスは裸族の集団だと思うようにした。実際、彼等の外見は人間そっくりで、ひと目で見分けることは難しい。獣人は嗅覚で種族を識別していた。オルグロストの政権は不安定だが、獣人族たちは外界との交流を持たず、自給自足で暮らしているため、平和な時間が流れていた。
果実酒を口に運ぶシリルを見たゼニスは、至極当然の反応を示した。
「おい、飲酒は二十歳になってからだぞ。おまえは未成熟児だろう。」
見るからに幼いシリルだが、ゼニスの科白に「ぷっ」と吹きだした。
「やだなぁ、ぼくは23だよ! お酒くらい、余裕で呑めるもん。」
まさかの同い歳である。あきらかに人間と獣人には発達過程に差異があったが、原因は両性具有の特異性に所以していた。衝撃の実年齢を告げたシリルだが、いくらか酔いがまわり、ほんのり頬が紅くなっている。
ゼニスはシリルの手を引いて、夜風に当たりにゆく。集団から少し離れた場所までやってくると、微かな異変を察知した。遠くのほうで、草を踏み分ける足音が聞こえる。同時に、カチンカチンと金属の擦れる音が雑っていた。
「……なんだ?」
ゼニスは暗い森の奥へ視線を向け、耳をそばだてた。複数の足音が村落へ近づいてくる。深い山合いを歩く者たちにしては、物騒な金属音が気になった。シリルは地面にしゃがみ込んで、今にも寝てしまいそうである。村落では獣人たちが愉快に踊っていた。ゼニスだけが、不審な足音に鋭い聴覚を集中させた。次第に鮮明となる非常事態に、ゼニスはハッとして剣を手にすると、シリルの膝に右腕をまわし込み、勢いよくガバッと持ちあげた。
「うぅ~ん、ゼニス? なにぃ?」
「今すぐ村落を離れたほうがいい!!」
「えっ、なに、なに? どうしたの?」
ゼニスは片腕にシリルを抱えたまま走り、宴会に気を取られている獣人たちに避難を呼びかけた。
「全員、森の中へ逃げろ!! どこか安全な場所に身を隠せっ!!」
ゼニスの声が行き渡るより先に、乗り込んできた兵士が弓矢を放つ。ドスドスッという鈍い音を振り返ると、2匹の獣人が倒れていた。
「兵士等!! 獣人狩りのつもりか!?」
武装した兵士が押し寄せてくると、むごい惨劇が始まった。武器を振りあげる兵士たちは、次から次からへと獣人を切りつけてゆく。ゼニスは左手に構えた剣で幾人かの兵士を倒したが、敵の人数が多すぎるため、離脱したほうが無難だと判断する。
「ゼニス、ゼニスぅ! これはなに? なにが起きてるの!?」
同族が傷つけられて動揺するシリルは、ゼニスの首筋にしがみつき「うわぁーん!」と泣きだしてしまう。そこへ駆けつけた護衛獣が、ゼニスに指示をだす。
「シリル様を連れて村落をでろ!! できるだけ遠くへ向かえ!! われわれが追いつかなければ、貴様がシリル様をコスモポリテスまで送り届けるんだ!!」
ふたりの護衛獣は迫りくる兵士を食いとめるため、返事を待たず走り去る。人間のゼニスが襲撃兵の味方である可能性を微塵も考えておらず、それは勇敢な姿勢だった。シリルは瞼をとじて、全身を慄わせている。戦場で人間同士が切り合う姿を見てもキョトンとしていたが、仲間となると勝手がちがうようだ。ゼニスはシリルの救出を優先し、放火されて燃えあがる村落の中を駆け抜けた。
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