75 / 364
第 74 話
しおりを挟むオルグロスト共和国で起きた内乱に、傭兵として加勢したゼニスだが、偶然居合わせたシリルを庇い、負傷した。深傷を負ったゼニスは、こじんまりとした獣人の村落で、うっすら意識が回復する。天井が歪んで見え、なぜか大量に敷いた藁の上に横たわっていた。裸身のシリルが、背中を丸めて寄り添っている。
「……おまえが、おれを助けたのか?」
左肩から背面にかけての傷はきちんとした治療がされており、胸板には包帯がしっかり巻かれている。あきらかに、シリルの意味不明で気絶するほど悩ましい手当てと異なり、丁寧な処置が施されていた。とはいえ、シリルの勘違いによって唾液を呑まされ、傷口から獣王の血が体内へ浸透しているゼニスは、聴覚の神経が過敏な進化を遂げつつあった。❲第42話参照❳
ゼニスはシリルの髪に触れたあと、やわらかい口唇に指を添えた。「くぅ、くぅ」と寝息を立てる様は、まるで“大きな犬”みたいだった。戦場で対面した瞬間は少女かと思うほどきれいな容貌をしているシリルだが、未熟な下半身に目をとめ、男であると再認識した。ゼニスは外衣を履いていたが、革靴は脱がされていた。土壁に剣が立てかけてある。藁のまわりには薬草らしき葉っぱや、桶に汲まれた水、木の実や枯れ枝が散乱しており、ゼニスの目には、野生動物の寝床のように見えた。
「……ここは何処だ。」
土壁には長方形に切り抜かれ、木の棒で窓の形が造られている。陽光が射し込むため、日中だと思われたが、奇妙なほど、しん、と鎮まり返っていた。現在地はオルグロストの山合いにある獣人族の村で、彼等が夜行性であることを知らないゼニスは、前かがみで歩き(天井が低いため)外へでた。
自然界にあるものだけを使って建てた、手造りの家がポツポツ並ぶ。太陽は東緯の空に昇り、気温は高めである。ゼニスの出身は寒い地方につき、額が汗ばむくらいの陽気だった。
人気のない村中を裸足のまま歩いてゆくと、ある家屋の裏手から「あっ」「はぁっ」「あんっ」と云う、あえぎ声が聞こえてきた。ゼニスは怪訝な顔をしつつ、ようすを窺うと、全裸の男女が性交渉の真っ最中だった。地面へ四つん這いになる雌に、背後から雄が交接し、カクカクと腰をふっている。獣人の雌は発情中につき、必要な生殖行為として雄を従順に受け入れていた。白昼堂々、生々しい現場の目撃者となったゼニスは、無意識に顔をしかめ、その場から離れた。
「ゼニス。」
ふいに名前を呼ばれて振り向くと、後方にシリルが立っていた。物音の原因をのぞき込もうとするため、腕をのばして制した。だが、シリルの産まれたコスモポリテスの村でも交接は日常的な光景につき、無用の配慮だった。〔第37話参照〕
「……来いよ。」
ゼニスはそう云って、シリルの腕を引き寄せると、近くの草原へと分け行ってゆく。集落から少し遠ざかったところで、腕を離した。シリルは全裸だが、気にしないフリをした。
「ここは、おまえの村なのか? どうやっておれを連れてきた?」
シリルは小柄につき、当たり前の疑問だった。ゼニスの顔を見あげたシリルは、くすッと笑う。
「ぼくの村は、コスモポリテスの西緯にあるよ。だから、こことは少しちがうかな。ゼニスを運んだのは、護衛獣だよ。」
「おとも?」
「うん。ぼくは獣王子だから、護衛獣とふたりでオルグロストまで来たんだ。」
「おうじだと?」
ゼニスは瞬時に、そんな莫迦なと思った。素っ裸で歩く王子がどこにいるのかと呆れたが、真面目に聞き返すことにした。
「おまえが王子なら、もっと詳しく説明してくれ。なぜ、重症のおれを連れてきた? ほうっておけばよかったものを……、」
ゼニスは死を覚悟したわけではないが、放置されても構わなかった。戦場で負傷した以上、己の力で乗り越えるしかない。だが、見知らぬ少年に救われた現状に、違和感を憶えた。無償で助けられたとは思えない。ゼニスの疑念をよそに、シリルは頬を膨らませ、不機嫌をあらわにした。
「なんでそんなこと云うの? ゼニスはぼくがキライなの? ぼくはゼニスが好き!!」
唐突に大声で告白されたゼニスは、余計に頭が混乱した。
* * * * * *
10
お気に入りに追加
186
あなたにおすすめの小説



サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。



百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる