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第 70 話 〈ルークシード家〉
しおりを挟む会計士の石川恭介(27歳)が、異世界に飛ばされてきた日、ゼニス=ディーン=ルークシードは監視塔の9階で、いつもの窓辺に立ち、西側の監視を担当していた。
ゼニスは紺色の髪を短く整えた長身の男で、藍色の眼をしており、恭介よりいくつか歳上の異国民である。帯巻きに剣と呼ばれる武器をさげていた。全長70センチほどの真っ直ぐな剣身の作りだが、肉厚で幅広な両刃につき、片手で扱うには高い技術と訓練を要するため、コスモポリテスでは普及せず、見かける機会は少なかった。剣とは、主に戦場で活躍する武器である。また、ゼニスの産まれた国では、大剣と呼ばれ、重装歩兵隊などが使用していた。
弱冠15歳にして剣闘試合で優勝した経験を持つゼニスは、祖国から正式な賞に添えて何本もの大剣が贈られている。とはいえ、それらの大剣は無駄な宝飾が目立ち実戦向きではないため、ゼニスは早々に売り払ってしまい、現在の地味な剣を愛用していた。また、その時に手に入れた金銭を元に傭兵の道へ進み、祖国から姿を消している。家族については両親と実兄がひとりいたが、今は疎遠となっている。べつだん、不仲というわけではなく、単純に、ゼニスの気質の問題だった。もとから筆不精ではあるが、1年にいちど便りを送るようにしている。
「おぅ、ご苦労さん。交替の時間だ。」
監視員に、そう声をかけられたゼニスは軽く頭をさげて持ち場を離れたが、1階にある仮眠室へは向かわず、8階の物入れ室に立ち寄った。配備されている望遠鏡で南緯の林道に目を凝らすと、見知った顔の獣人が歩く姿を捉えた。
「……リシルド、」
ゼニスは、思わず獣人の正式名称を口にした。ふだんはシリルと呼ぶことを、相手から所望されている。引き続き、望遠鏡越しにシリルの動向を観察していると、脇を歩く黒髪の男が気になった。コスモポリテスでは風変わりな服装と顔立ちをしているため、無意識に眉をひそめる。ひと目で外部の人間とわかる容姿につき、まず、シリルを懸念した。〔第3話参照〕
シリルと黒髪の男は温水地へ向かっているようすにつき、ゼニスはもうしばらく観察を続けた。シリルは着ていたシャツを脱いで裸身になると、湯船にはいってゆく。ゼニスの視線の先に、シリルの未熟な下半身が晒された。獣人族の王族で、両性具有でもあるシリルは、他の同種族と比べると発達過程がゆるやかにつき、人間年齢では30に達していたが、そうとは見えない体形を維持している。シリルは再びシャツを羽織ると、入浴中の黒髪の男を残して、監視塔のほうへ歩きだす。こちらに向かってくる姿を確認したゼニスは、責任者に急用ができたと報せ、何日か職務を離れる許可を得ておくと、人気のない階層へ移動した。いっぽう、監視塔に到着したシリルは人間の匂いを嗅ぎ分けて、迷わずゼニスのところまで歩を進める。
「シリル、おまえの仕業か。」
あらかじめ、そこへ待機していたゼニスは、背後から近づく青年を振り返り、すべての状況を察した。無邪気なシリルは、くすッと笑う。コーラルレッドの双瞳でゼニスの顔を見つめると、
「一緒に来て。ぼくとあのひとを、王宮まで守ってくれる?」
と訊く。休暇の手続きを完了済みのゼニスは、即座にひざまずき、シリルの言葉に頷いた。
「かしこまりました。リシルド獣王子。」
ルークシード家の次男として産まれたゼニスは、他者にかしずく真似をしてまで、家長を相続するつもりはなかった。しかし、目の前の獣王子に対しては片膝を地につけてかしこまる必要があった。将来の伴侶として、ふさわしい態度を示さなければならない。いわゆる、屈服の意思表示である。
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