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第 68 話
しおりを挟む城下町の茶店“ハニワ亭”で、長年獣人族について研究してきた老人ふぜいと向かい合って座る恭介は、互いに自己紹介すらしていなかったが、すっかり夢中で会話した。こちらが知りたい事柄を、老人は軽妙な口ぶりで語る。
「まず、コスモポリテス王国は人間が主として統治しておるが、もちろん、獣人も同じ大地の上で共存している。彼等は人間より純粋かつ頑固であり、そのうえ、自分にとって損であるか得であるかを打算的に判断する生き物で、利害の指標が、いわゆる損得勘定につき、血のつながりよりも、気に入った相手に尽くす傾向にある。その対象が人間である場合も少なくない。ただし、そう簡単には結ばれないがな。」
「地図によれば、獣人の生活域は西緯のほうにありますよね。人間との交流は滅多にないそうですが、それは、たんに、生活習慣の日昼夜が反転しているからでしょうか?」
恭介は書物で得た知識を述べたあと、疑問点を訊ねてみた。老人は珈琲をひと口呑むと、小さく頷いた。
「ふむ。生活習慣ついての理由は色々あって、ひとえに説明は難しいのう。……集団生活をしていても、仲間意識や絆は然程深くはないしの。なぜかと云うと、獣人族の雄は成獣となった暁には、生まれ育った村を出なければならない掟がある。つまり、己の子孫を残すためには、年頃の雌がいる集団に、交尾前提で受け入れてもらう必要があるのだよ。」
「生まれた村に気になる雌がいても、番えないと云うことですか?」
「そのとおり。隠れて交尾しようにも、体臭で発覚してしまうからな。仮に、そうなれた場合でも、王国から永久追放されてしまうからのう。獣人の五感は人間より優れておるゆえ、迂闊な真似はできん。各地の集落を束ねる王族は別だがな。獣王の血筋を引く者たちは、より濃い血統を残す目的で近親者を伴侶に選ぶと訊く。」
「……王族、ですか、」
恭介は円卓の洋杯に視線を落とし、頭の中でシリルの顔を思い浮かべた。
(シリルくんは両性具有で、たぶん、獣人の王族だ……)
目の前の老人は獣人族ついて妙に詳しいため、恭介は踏み込んで言及した。
「両性具有とは、やはり、獣人特有の体質なんですか?」
「ほほぅ、なんと! 両性具有にも関心があるとは、おぬし、なかなか見込みがあるぞ。ふんふん、あと10年早く出会っておれば弟子にしておったな。」
「ど、どうも……?」
(弟子ってなんのだ?)
老人は嬉しそうに笑い、話を続けた。
「両性具有を語るには、丸1日あっても足りないが、これこそ生命の神髄であろう。常識で考えては起こりえない、数百年にいちどの奇蹟である。」
「出生率が低いと、なにか問題ありますか?」
「そんな謂れは何もないさ。少なくとも、過去の資料を見るかぎり、両性具有にまつわる事件や事故といった記事は見当たらんよ。確かに希少価値は高いが、人間の手に余る生態でもある。成獣の発情期ともなれば、攻撃性が増すからの。」
「そうですか……、」
(……シリルくんは、存在そのものが奇蹟だったんだな)
長話をする恭介は、次第に感慨深くなった。老人との会話は、知らなければ済んだ事柄が多く、同時に、獣人というふしぎな種族への理解が可能となってゆく。
(……オレは本当にカタツムリかもな)
コスモポリテス王国に飛ばされて、ふた月目に突入していた恭介は、小さくため息を吐いた。
(知りたければ勉強あるのみ、ってやつだな。こうして教えてもらったほうが楽だけどよ)
恭介は名も知らぬ老人と2時間以上も話し込んだ後、茶店をあとにした。
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