恭介の受難と異世界の住人

み馬

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第 64 話 〈悲しくなる日々〉

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 無精髭ぶしょうひげを剃り、軽く朝食をすませ、内官布ないかんふを着た恭介は、通行証を門衛に見せて城内を移動中、武官のボルグと鉢合はちあわせた。

「おーい!! キョースケじゃないか!!」

とおっ、声デカッ!!)

 名前を呼ばれて振り返るが、声の主は、だいぶ離れた場所に立っていた。コスモポリテス城は床面積が広いため、東西南北あちこちにのびる通路は細長ほそながく、はしらの数も多かった。ボルグは大股おおまたで歩き、恭介の前で立ちどまる。

「聞いたぜ。アルミナに出張してたんだってな。」
「ええ。」
「そうかそうか。」

 ボルグは、ニヤニヤしながら顔をのぞき込む。恭介は相手が何を期待しているのかを察し、話題を持ちだした。

「名産の果実酒なら、土産物みやげに買ってきましたよ。ボルグさんの分は調理室の棚に置いてありますので、晩酌ばんしゃくにどうぞ。」
「お~っ、さすがキョースケ! ありがたく今晩こんばんにでもいただくよ。」
 
 ボルグは恭介の背中をばしばしたたき、どさくさにまぎれて領収証を手渡してきた。その場で内容を確認したところ、
「んじゃ、またな!」
 と云って、足速あしばやに去ろうとする。領収証の御品書欄おしながきらんには“特産品”と記されていた。それを見た瞬間、こんどは恭介が、遠くに見えるボルグの背中に向かって大声をだす。

「ああっ!? 武官様ボルグさんっ、これはイケません!! ……って、いつも云ってるだろーがァ!!」

 その領収証が受理されないとわかっているボルグは、逃げ足で恭介の前から姿を消した。大柄おおがらな男だが、かなり敏捷びんしょうである。
(まったく、あのひとは。厳重げんじゅう注意してやってるのに、なんでいつもいつも、いい加減なンだ。監査されたら一発イッパツアウトだぞ!)
 コスモポリテス城に、内部調査室は存在しない。だが、官吏かんりによる金銭の流れに不正がないか、情報収集や合理的な監査は、必要不可欠である。

 執務室には、過去10年間の伝票が保管されていたが、日々の新しい伝票を片付けるのに精一杯な恭介とアミィとでは、なかなか整理整頓が進んでいなかった。
(せめて、あとひとりくらい事務内官をやとえないか、アミィに相談してみるか……)
 いくら第6王子ジルヴァンの配慮とはいえ、女官の手伝いよりも、専属で働ける内官がほしいと思った。

 恭介は、執務室にいるアミィへ土産物を差しだしながら、早速さっそくたずねた。
「オレとしても、なるべく早く過去の伝票をさらいたいので、内職者ではなく、正規雇用で働ける人を見つけてもらうことは可能ですか?」
「そうねぇ、人件費じんけんひには余裕よゆうがあるはずだから、文官長に伝えておくわ。……あら、これは何かしら? まぁ! 宝飾装身具フィビュラじゃない。かわいい~。どうもありがとう、キョウく~ん。」
胸飾りブローチのことは、フィビュラって云うのか……) 
 
 恭介は耳馴みみなれない単語を学習しつつ、長机テーブル累積るいせきされた6日分の伝票に目をとめた。ちなみに、ボルグとザイールが酒を呑めることは知っていたが、アミィについては、果実酒ではなく物理的な土産物みやげとなってしまった。なにしろ、アルミナ自治領へ行くことは急に決まり、つ前は準備で忙しかったため、アミィが酒をたしなむかどうか、未確認のまま当日を迎えてしまった。
(酒に弱かったら、いくら高級品とは云え、呑めない果実酒なんてもらっても、嬉しくないだろうしな)
 そこで恭介は、ジルヴァンに贈物おくりものを選んでいた雑貨屋で、琥珀アンバー指環ゆびわと、金属製の宝飾装身具フィビュラを購入した。なにやら女性っぽい雰囲気のアミィにつき、恭介からの手土産てみやげを素直に喜んでくれた。
(気に入ってもらたようで、安心したぜ)
 実のところ、彼等かれらへの土産物はどれも高額で、恭介は無理をして買っていた。相手に失礼がないように気を遣ったつもりだが、それでも、第6王子への贈物は、かなり不適切な代物しろものだった。しかし、恭介の真心まごころを汲み取ったジルは、何も云わず微笑ほほえみを浮かべた。
(……ジルヴァンに、もっと、色々してやれねぇかな)
 
 恭介は席につくと、大量の領収証を片付けはじめた。もどかしい関係に、変化があった点は確かである。アミィは、恭介の口唇くちびるの端が切れていることに気づき、
「キョウくん、なんだか顔全体がれてるみたいだけど、寝不足ねぶそくなの?」
 とく。恭介は「そんなところです」とこたえ、王子と添寝そいねした事実は伏せておく。
(ジルヴァンの寝相ねぞうを考えると、共寝が悲しくなるぜ……)
 情人イロを探すとき、積極的な行動に出た王子だが、いざ手に入れたあとはカラダを持てあます日々が続く。しかし、奥手で子どもっぽい部分も含め、それがジルヴァンの魅力だと感じた。

     * * * * * *
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