64 / 364
第 63 話
しおりを挟む愉しい時間は長く続かない。そんな謂れは、異世界に来ても同様らしい。ジルが目を醒ました時、恭介は寝台の上で満身創痍となっていた。
「キ、キョースケ? どうしたのだ、その顔は!?」
「……どうって、そりゃ、」
(ないだろ)
相手は王子につき、語尾まで云わず呑み込んでおく。
(……あの時、庭園でルシオンが云いかけたことって、ジルヴァンの寝相だったのか?)❲第44話参照❳
ジルヴァンの寝相は、とにかく悪い。昨夜、添寝をゆるされた恭介は、王子と寝台を共有した。最初のうちは緊張して寝つけずソワソワしたものの、長旅で疲れていたこともあり、次第に眠くなった。すると、先に寝息を立てるジルヴァンから額に頭突きを喰らい、突然の衝撃に驚いて目を醒ますと、こんどは寝返りを打つ腕がバシッと顎に当たり、布団の中では両足でドカドカと脇腹を蹴られる始末である。恭介は、ひと晩じゅう睡眠を妨害され、結局、2時間ていどしか眠れなかった。ふつうに頭がズキズキする。
「キョースケ、血が出ているではないか、」
「ん? ああ、自分の歯で切ったのかもな。」
否、ジルの手がバチンッと顔面に振りおろされた時、口唇の端を爪で引っ掻かれた。ピリピリと痛むし、血の味がする。
(……あ~、カラダが怠いぜ。……ジルヴァンは何も憶えてなさそうだし、今日から仕事にも行かなきゃだし、ゆっくりしてらンねーな)
肩こりがひどい恭介は、首をまわしてストレッチをする。ジルは恭介の腫れた顔を心配して見つめていたが、おもむろに腕を伸ばすと、頬をなぞった。
「チクチクする、」
「うん? 無精髭のことか?」
恭介の髭はそれほど濃くないが、毎日剃らなければ生えてくる体質である。ちなみに、ジルヴァンの顔には髭が生える土台が備わっておらず、何歳になっても生える可能性は低かった。もとより、王族は産まれつき性毛が薄い人種につき、健康に害はない。
「貴様は、髪も髭も、下の毛までもが黒いのだな。」
(下? 陰毛のことなら、ジルヴァンも同じだろ。まさか、生えてないのか?)
あくまで事故だが、恭介は下半身を露出してしまい、ジルヴァンに直視されている。恭介は陰毛を手入れする性格ではないため、ありのままをバッチリ見られたが、男同士につき極端な恥じらいはなかった。
(触られるとは、思わなかったけどな……)
寝台から抜けでた恭介は、寝間着を脱いで身仕度を整えた。その際、背後からジルの視線を感じたが、かまわず裸身になって着替えをすませた。
(寝間にいて、お互いに隠すものは何もない関係のはずだしな。……オレの裸身が見たければ、好きなだけ見ればいいさ)
恭介は、少し度胸がついたようだ。荷物をまとめると、ジルを振り向いた。
「それじゃあ、オレは帰るよ。朝風呂を浴びて、仕事に行かないとだからな。」
「うむ、赦す。」
これでまた、しばらくジルヴァンとはお別れである。恭介は残念に思ったが、笑顔で退室した。出入口の番人へ認可証を提示して王宮をあとにする。その背中を見送る番人たちは、いつものように小声で会話した。
「見たか、今の。イシカワ殿の顔が腫れていたぞ。」
「あれは、まさに、名誉の負傷ではないのか?」
「では、ついに第6王子と閨事を……、」
「あの顔を見るかぎり、よほど激しい一夜となったのだろう。」
「おお、なんたること。いや、しかし、めでたいな。」
「ああ、めでたいことだ。やっと肌を合わせられたのだな。心身共に満たしてこその情人である。」
「イシカワ殿よ、よくぞ任務を果たされた。それでこそ情人だ。」
などと云って誤解する。
恭介が部屋の鍵を開けた時、ザイールは宿直当番につき、不在だった。土産物の紙袋を寝台の隅っこに置くと、枕もとの“アルトゥル”に「ただいま」と声をかけた。むろん、チンチン人形から返事はない。だが、数日ぶりに見たアルトゥルが、なつかしく思えてしまう恭介だった。
* * * * * *
1
お気に入りに追加
185
あなたにおすすめの小説
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる