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第 58 話 〈その頃のはなし〉
しおりを挟む恭介と第6王子がアルミナ自治領へ訪問中のコスモポリテス城では、アミィがヒステリックになっていた。
「あ~も~っ、いや!! 毎日まいにち、こんなにたくさん! 手首が痛~い!」
「アミィ様、落ちついてください。」
「キィィィーッ!!」
執務室には、恭介と立ち位置を変えた若い女官がひとり残されており、事前に指示された仕事内容を担当している。アミィは、いつものごとく大量に持ち込まれる伝票へ検収印をバシバシ押していたが、やがて、長机の上に蓄積されていく紙の束を見て、げっそりと気力を失った。
「はあ~、今頃、キョウくんは贅沢三昧かしらぁ? いいわよね~。うらやましい~。あたしもアルミナに行ってみたかったわ~。」
そう云って大きなため息を吐くアミィに、女官が話を合わせる。
「そ、そうですね。アルミナは自然が豊かな土地ですし、夜は星空がきれいだと聞いています。」
「あら、まぁ、ステキじゃない。うふふ、それならジルさまとキョウくんは、雰囲気が味方してイチャイチャできるわね~。」
「イチャイチャ?」
「いやだわ、あたしったら。はしたな~い。」
アミィは、女人の口真似をする男である。甘いもの(間食)が大好きで、むっちりとした肉感の体形をしており、いくらか不必要な脂肪が目立つ。だからと云って、極端に太っているわけではない。三ツ編みにした長い髪を、背面に垂らしていた。ジルの側仕えを兼任していたが、用事を命じられてあちこち買い物に行くことがパターン化した行動となっている。ジルヴァンは他の王子と異なり、身のまわりの世話役を近くに置かないため、着替えや入浴は基本的にひとりですませていた。少なくとも、13歳の時に側女を遠ざけて恭介と出会うまでの間、素肌に触れてきた者は義兄くらいである。(医官による健康管理は手首からの脈診と問診のみ。)
「あぁ~、彼ったら、あそこまでジルさまに気に入られるなんて、たいしたものだわねぇ。長いこと寂しい思いをしていたジルさまに、やっと現れてくれた理想の男性だものね~。」
「イシカワさまのことでしたら、わたくしも同感です。」
「あら、そう?」
「はい。とても真面目で几帳面な方だとお見受けします。王子様は少々、気侭なところがありますので、性格的には真逆なおふたりですが、とてもお似合いです。」
「そうね、それは云えてるわね。ジルさまってば、ちょっとワガママな時があるのよねぇ。キョウくんも、ああ見えて圧しが強いから、仕事しろって詰め寄られた時は、どうしよ~!? って、思わずドキドキしちゃったわ。」〔第28話参照〕
アミィは恭介を高く評価して云ったつもりだが、女官は不安げな表情をして見せた。
「イシカワさまは、このままで本当に大丈夫でしょうか……。」
「なぁに? なんのこと?」
「……そ、その、共寝の件です。」
「あらん、いやだ~。そっちの話? もう何度かはしててもおかしくないわねぇ。」
「それが、まだのようすなのです。」
「えっ?」
「イシカワさまが王宮関係者専用の出入口を使用されたのは、アルミナへ出発される前日だけみたいで……、」
「と云うことは、つまり、その時が初夜だったのね!?」
「いえ、イシカワさまは、わずか数十分でお戻りになられたので、おそらく、王子様とは何もなかったと思われます。」❲第50話参照❳
「きゃーっ、なによそれ! ジルさまってばあんなに惚れ込んでるくせに、キョウくんを放置してるってこと!? いや~ん、意気地なしぃ。」
恭介とジルヴァンが不在につき、ふたりの閨事で会話が盛りあがるアミィと女官の手は、すっかり止まっていた。
同日の夕刻、神殿をあとにしたザイールは、あらかじめ用意した着替えを脇に抱え、城内にある共同浴場へ向かった。脱衣所に着くと、先客に声をかけられた。
「おぅ、神官殿か。お疲れさん。」
「武官殿……、こんばんは。」
ボルグは素っ裸で挨拶する。互いに王宮関係者の住居で暮らす身だが、直槍を扱う武官と、平和の祈りを捧げる神官とでは、職柄が正反対につき、親しみやすい関係ではなかった。
「そう云えば、最近あいつの姿を見かけないな。」
「キョースケさまのことでしたら、アルミナへ出張しています。」
「ほぅ、アルミナか! そいつはいい。あそこの果実酒は美味なんだ。土産を期待してるぞ~。」
ボルグの性格はのびのびとして豪快だが、いくらか神経質なザイールは、顔をしかめてしまった。
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