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第 54 話
しおりを挟む眠い。恭介は瞼が重たく感じたが、領主が管理する薔薇園を散策するジルに付き合って、芝生の上を歩いた。
「レ・ジルヴァン殿よ。昨晩は、ゆるりと休まれたかな?」
(よく云うぜ。スケベおやじが)
「うむ。目醒めが悪くて、頭痛薬を処方してもらってな。今は、なんともない。」
(そりゃ、二日酔いの症状だろ)
ふたりの会話に内心突っ込みを入れつつ、恭介は今夜の舞踏会を危惧した。領主の男は、あわよくば第6王子の肌に手をだそうと狙っている。既成事実をつくる機会を逃した以上、次なる方法を考えているにちがいない。
(絶対に阻止してやる。ジルヴァンを好きにさせてたまるかよ)
王子をめぐり張り合う立場の恭介は、訝しむ眼光を送るが、領主はジルの細い肩を引き寄せて頬にキスをする。
(くそ、ベタベタ触りやがって……)
黙って見ていると何をするかわからない男につき、恭介のほうから早めに横槍を入れた。
「失礼。王子、足許にお気をつけください。」
背後からジルの腕を軽く掴み、小さな石ころを指で示す。
「おぉ、なんたること。このような石が落ちているとは、まさしく危険なり。これ、今すぐ庭師を呼ぶのだ。」
領主は、手のひらをパンパンと打ち鳴らすと、使用人に声をかけにいく。わずかな時間、恭介はジルとふたりきりになった。
「キョースケ、すまぬな。だが、この程度の小石ごときで吾を気遣う必要はないぞ。」
石については偶然目についた口実につき、あえて返す言葉はない。恭介は本題を述べた。
「ジルヴァン、舞踏会の前にオレとふたりで話せないか、」
「用ならば今すぐ聞くぞ。」
「いや、ここだとちょっとな。邸宅にオレを呼んでほしい。」
「寝室のことか?」
「さすがに無理か?」
ジルは少しだけ考え込み、そこへ戻ってきた領主に恭介を紹介した。
「待たせたな、レ・ジルヴァン殿よ。」
「いや、構わぬ。それより領主殿、今宵の舞踏会に着る服を準備しておきたいゆえ、この仕立て屋とひと足先に邸宅へ帰ろうと思うのだが、よろしいか。」
「ほう、そちらの者は専属の仕立て屋だったのか。衣装は、その人物の生来の姿を引き立てるもの。よい針仕事を期待しておるぞ。」
ジルの機転により、うまく騙せたようだ。恭介は「精進します」と云って頷くと、ジルと共に邸宅へ向かった。
寝室へはいるなり、ジルは笑顔で恭介を振り返った。
「知っているか。アルミナには夜空を観測できる天文台という建物があるのだ。最終日は予定が空くはずだから、共に訪れようぞ……、」
ジルは言葉の途中で口を塞がれた。
「んっ!? キョースケ、く、苦しいぞっ!」
恭介はジルの背中を壁に押しつけると、両方の手首を捉え、やや強引な口づけをした。舌は使わず、角度を変えて数回にわたり口唇を重ねる。
「な、何をするのだ、キョースケ、」
「何って、キスだろ。」
「それはそうだが、……こんなの、いつもとちがうではないか、」
「ちがくないさ。オレは、これでもがまんしているからな。」
「がまん?」
恭介はジルをたじろがせておき、テーブルの果実酒に目をとめた。
「ジルヴァン、きのうの夜、この部屋で何があったのか憶えてないか?」
「どういう意味だ、」
「思いだせなければいいさ。何もなかったからな。」
恭介の言葉は矛盾しているため、ジルは首を傾げた。恭介は呑みかけのグラスを手にすると、注意を促しておく。
「アルコールを過剰に摂取すると、泥酔状態になって、記憶が飛ぶことがある。この果実酒のアルコール度は高めだから、呑むならグラス1杯でやめておけ。」
「そうなのか? 心得えておこう。」
ジルは素直に返事をする。恭介は内心ホッとしつつ、今夜の予定について訊ねた。
「舞踏会とは、領主殿が催す交歓を目的とした会食のことである。立食式につき、参加者は相手の身分に関係なく乾杯することが許されており、手を取り合って踊ったりもするのだ。声楽隊が歌を披露したり、楽器を演奏したり、それはそれは豪華な宴である。」
「ふうん、」
恭介も参加者に含まれているのか疑問に感じたが、王子は意外な発言をした。
「今宵の宴で、貴様が情人であることを領主殿に告げようと思う。」
「そんなことをして平気なのか?」
「うむ。むしろ好都合である。なにかと云い寄られては、迷惑なのだ。情人の存在を知れば、あきらめもつくだろう。」
ジルヴァンなりに、領主を拒絶する気持ちはあるようだ。恭介は段取りを確認してから洋館の小屋へ引き返し、荷物の中から夜会にふさわしい衣服を取りだした。
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