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第 53 話
しおりを挟む事件が起きたのは、舞踏会前日だった。
現在、恭介は第6王子の供人として、アルミナ自治領を訪問していた。滞在期間は5泊6日で、本日は2日目である。ジルは領主の邸宅で豪勢な寝室を用意されたが、恭介や護衛の武官たちは、洋館の敷地内に建つ木造の小屋に宿泊中だ。小屋といっても広々とした床面積があり、来客用に整理整頓され、簡易的な家具や寝台が設置されている。ちなみに、女官たちの部屋はジルの隣室である。
(……なんか、男たちの扱いに落差がねぇか?)
恭介も武官も力者も、いちおう王子の従者である。男を(わざと)ジルから遠ざける魂胆は、明白だ。独占欲のあらわれか、おそらく嫉妬心によるものだと思われた。
(今ごろ、ジルヴァンはひとりで居るんだよな……)
昨夜は心労のせいか、ぐっすり眠り込んでしまった恭介だが、領主の邸宅に身を寄せるジルのようすが気になった。お手洗いに向かうフリをして小屋から出ると、暗い庭を横切って、それとなく邸宅の窓を見あげた。さすがに2階までは確認できないが、洋燈が灯る部屋を見てまわると、布帛のわずかな隙間からジルの寝室を発見した。
(ジルヴァンは無事みたいだな……)
洋風の寝巻に着替えたあとのジルが、寝台に腰かけている。
(薄着だな。少し無用心じゃないか?)
長袖のワンピースのような寝巻だが、布地が薄いため、腕や足が透けて見えている。窓の外から寝室を覗う自分のほうが完全に不審者だが、恭介ののぞき見は、しばらく続く。
ジルヴァンの安全を見まもっていると、よもやの領主の登場である。バスローブみたいな服を着た領主は、盆に果実酒を乗せて部屋にはいってくる。
(うん? こんな時間から酒を酌み交わすのかよ)
テーブルについたふたりは、名物の高級ブドウを使った果実酒を呑みはじめた。ジルは事前に愉しみだと話すだけあり、嬉しそうにグラスを口へ運ぶ。アッという間に、1本呑み干した。
(おいおい、そんなに大量摂取して大丈夫かよ)
恭介は心配になり、思わず窓に顔を近づけた。案の定、ジルは意識を失うほど酔いがまわっている。領主の男は、項垂れて動かなくなった王子を抱きあげると、寝台の上に横たおらせた。そのまま洋燈の火を消して出ていくのであれば、なにも問題はない。だが、そうはいかない。領主の男は寝台の端に腰をかけると、ジルの髪を撫でたり、頬に指を這わせたりしている。
(……マズイな。あいつ、ジルヴァンを酔わせるのが目的だったンじゃねーだろうな)
ふたりきりの寝室は、あやしい雰囲気となり、恭介は野暮な真似を余儀なくされた。隣室の窓を軽く叩き、女官に鍵を開けてもらうと、邸宅に忍び込む。
「ああ、悪いな。ちょっとジルヴァンに内緒の用事があって、ここから失礼するよ。」
女官たちもすでに寝巻の格好をしており、恭介が窓枠を乗り越えてくると「きゃっ」と小さく声をあげた。なるべく彼女たちと目を合わせないように退室すると、王子の寝室の前に立つ。いきなり開けては失礼かと思い、コンコンと合図する。室内に領主がいることはわかっていたが、返事はない。
(……なんだよ。早くでろよ)
2、3回ノックをくり返しても応答がないため、恭介はドアノブに手をかけて、そっとまわした。すると、室内にいたはずの領主の姿はなく、先程まで恭介がのぞき見していた窓が、全開にひらかれていた。布帛が夜風に揺れている。
(あの野郎、窓から脱走しやがったな!)
恭介はドアを閉めて室内へ踏み込むと、窓に鍵を掛けた。寝台の上で安眠モードのジルは、半裸にされていた。
(なんつう、警戒心のなさだよ。ジルヴァン、おまえは王子だろ。あんな男に夜這いを赦したら、一生の汚点にならないか?)
恭介は寝台に歩み寄り、寝息をたてる王子を見おろした。
(子どもみたいな寝顔だな……)
胸の前が大きくはだけているため、ほんの少し悪戯をしたくなる。薄桃色の乳首に指で触れると、ジルヴァンは「んっ」と、気息を洩らした。
(これくらいで感じるのか?)
恭介は、はだけた寝巻の衿を合わせると、王子のカラダに掛け布団を被せた。テーブルの上に、果実酒が置いてある。ジルが用いたグラスを手に取り、2本目を注ぐ。
(うめぇな。……ってか、アルコール度数いつくだよ!?)
たったひと口で、咽喉の奥が熱くなった。二十歳のジルヴァンには、刺激が強すぎると思えた。その後、先に起床する女官たちが朝の身仕度を終えて出てくるまで、恭介は寝室の前で徹夜した。
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