恭介の受難と異世界の住人

み馬

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第 52 話 〈心ここにあらず〉

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 アルミナの領主とは、いわゆる地主貴族の末裔で、よわい39になる紳士しんしだった。礼装した身だしなみにはすきがなく、とおった鼻筋に、かたちのよい口唇くちびるをしている。第6王子の到着を洋館の前で出迎えると、薔薇ばらの花束を差しだして挨拶をした。

「おぉ、うるわしきかな、レ・ジルヴァン殿どのよ。このように肌理きめなめらかに美しくなられて、なによりの所存しょぞんなり。」
 ジルの右手をすくい、指先にキスをする。かたわらにいた恭介は、複雑な心境に至る。なぜなら、領主の男はジルの腰に手を添えて洋館の奥へと案内する。わざわざ、カラダに触れる必要はないはずだ。恭介は思わず眉をひそめたが、供人ともびとらしく二、三歩離れて追従した。そのうしろから女官たちも続く。護衛の武官は直槍すやりを装備しているため、車輿こしと馬車の停留所で待機させられた。もとより、アルミナの領主は武装ぶそうを嫌い、洋館や邸宅内では些細ささいな口論さえ処罰の対象となった。

(品性とかマナー以前の問題だな……)
 
 恭介は洋館の廊下を歩きながら、肩をすぼめた。両側の壁沿かべぞいに並ぶ絵画や立体像オブジェのすべてが女性の全裸ヌードか、男性の肉体が模造されている。前衛芸術作品が、ずらりと展示されているため、恭介のうしろを歩く女官たちは顔をあげられず、足許あしもとへ視線を落としていた。
(まさか、領主は成人したジルヴァンを本気で口説くどくつもりじゃないよな……)
 よく見ると、石膏像は若い男性が題材モチーフになっている。肉欲的な絵画に目がとまりガチだが、恭介は、石膏像の顔がジルヴァンに似ているように思えてならなかった。細部さいぶまで正確に形どられた男性器については、本人の下半身をのぞき見たのではないかと邪推してしまう。
(……くそ、ばかかオレは。頭がどうかしてるぜ)
 恭介は気を取り直して、案内された客室きゃくしつの席におちついた。贅沢ぜいたくはなやかな食器にカットフルーツや、焼き菓子が盛りつけてある。女性の使用人メイドが紅茶器を運んでくると、ジルの目の前にカチャンと置く。となりに座る恭介や、ジルの背後に立つ女官たちの分は用意されなかった。      
(オレも、彼女たちみたく、起立してたほうがいいンじゃねーか?)
 領主の男は、あきらかに第6王子だけをもてなして、、、、、いる。だが、ジルは恭介のそでを軽く引き寄せて、自分の隣に座るよう言外に指示をだしていた。恭介はそれを承知して椅子イスに腰をかけたが、先程から領主の冷ややかな視線を感じる。せめて自己紹介をしておくべきかと悩んだが、第6王子との関係を問われた場合、情人イロであることを正直に打ち明けてよいものか謎すぎた。できるだけ息をひそめているつもりだが、使用人たちが恭介のほうを見て、ヒソヒソと小声で会話を始めた。

(なんだ? やっぱ、オレの存在が浮いてるのか? 場違ばちがいなのは、わかってるけどよ……)
 
 引け目を感じる恭介だが、使用人たちは、めずらしい黒髪に興味津々だった。横髪サイドを茶色く染めてはいたが、黒い服を着用しているため、余計に目立つ結果となった。
「ねぇねぇ、見て。あのひと誰かしら?」
「王子様の隣にいる男性ひとでしょう? わたしもさっきから気になってたの。」
「見たことない顔だよね。コスモポリテスの人間ひとじゃないみたい、」
「あの黒髪は染めてると思う?」
「でも、よく似合ってるわ。まさか地毛とか……、」
「けっこうステキよね。舞踏会にも参加するのかな、」
「夜会服姿もカッコイイだろうなぁ。」
 使用人から好奇なまなざしを向けられる恭介は、気まずい時間を無言で耐え抜くと、廊下にでたところで(こっそり)ため息を吐いた。領主は、再びジルの腰に手を添えると、洋館の中庭を散歩した。互いに談笑する姿は、打ち解けた間柄あいだからに見えた。恭介は女官と共に離れた場所に立ち、ジルのようすを目で追った。会話内容は耳まで届かないが、ふたりの表情は確認できた。

「レ・ジルヴァン殿。わたくしからのふみの返事を今宵こよいのうちに、聞かせてもらえないだろうか。いや、そなたの気持ちをかしては配慮に欠けると云うもの。3日後の舞踏会まで待とう。」
 領主はジルへの好意を文章で伝えていたが、返信は受け取っておらず、もどかしい日々を送っていた。とはいえ、領主は政略結婚をしている身につき、一夜限いちやかぎりの肉体関係を望んでいる。ジルは、品種の異なる花が咲き乱れる中庭をながめながら、明確な意志を示した。

此度こたびの招待に応じたのは、こちらにも考えがあってのこと。われの心ならば、うにまっておる。ゆえに、舞踏会の夜には必ず告げようぞ。」
 
 ジルは情人キョースケを紹介する機会を得たが、そうとは知らない領主は、満足そうに微笑ほほえんだ。

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