恭介の受難と異世界の住人

み馬

文字の大きさ
上 下
44 / 364

第 43 話 〈キョースケ邁進〉

しおりを挟む

 何事も積み重ねてゆけば、ふさわしい動作や態度が身につくものである。恭介は慣れた足取あしどりで城内を移動すると、遠征から帰還したボルグに伝票を突きつけた。

「おう、キョースケか! わざわざお出迎えか?」
「いいえ、武官様ぶかんさま。きょうはこちら、、、の件でお伝えしたいことがありまして。」
「それは、確か……、」
「ええ、そうです。先週に行かれた東の砦の町で買われた干物ひもの地酒じざけの領収証です。」
「それがどうかしたのか?」
「どうもこうもありません! こんなのを経費で落とせるかよ。あきらかにボルグさんの酒肴品しゅこうひんだろーが!」

 恭介は、途中から敬語をやめにしてしゃべっていた。事務内官じむないかんとして働くうちに、あることに気づいた恭介は、こうして原因の本人のところまで足を運び、説得と説明にはげむようになった。

「なんだぁ、キョースケ。ケチくさいこと云うなよ。」
ケチ、、ではなく、会計処理において、個人の趣味で購入した物品を、経費として計上することはできません。」
「じゃあ、どうしろって云うんだよ、」
自腹じばらで支払うにきまってるでしょう、まったく、」
「なんだ、キョースケめ。すっかり内官の形相が板につきやがったな!」
「ボルグさんこそ、節税が目的なら、もう少し業務上に必要性のあるものでお願いします。とにかく、この領収証は経費として分けることはできませんので、お返しします。」
 
 これでも忙しい身の恭介だが、一般的な常識の範囲で経費として落とせる対象がなにかを説明し、次なる場所へと方向転換した。内官布ないかんふの裾を揺らして歩く恭介の姿は、確実に目立つようになってゆく。コスモポリテスでは異例な黒髪については、ザイールに相談したところ、布製品の染料ならばあるとのことで、ひとまず横髪サイドに色をつけてみた。すると、翌日よくじつから周囲の見る目は変わった。部分的に茶色が交じったことで、黒髪のほうが地毛じげだとは思われない。軽く染めただけでこうも簡単にカムフラージュできるとは意外だが、人間の目は、ちょっとした工夫くふうあざむけてしまう。

「やあ、キョースケくん。きょうもご機嫌ななめだねぇ。」
「おや、事務官殿どの。きょうはどちらにおいでで?」
「いやはや、事務官殿はよく働く御方おかたですな。」

 敷地内ですれ違う官吏職かんりしょくから、気軽に声をかけられる恭介だが、それにも耳が慣れ、「先を急ぐので」「どうも」と短く受け答えをする。実際、つかえない、、、、、上司のせいで、仕事量は増えるばかりであった。
 今朝けさ早く、上司で文官のアミィは城下町へ出かけている。なんでも、本日オープンする雑貨屋で数量限定で販売される商品を、必ず手に入れる必要があると云う。アミィにそう命じたのは第6王子ジルヴァンである。
(毎日、忙しいってのに、あのふたりは何やってんだよ)
 恭介は長い廊下を歩きながら、内心で文句を云いつつ、曲がり角を左に折れた。庭園の近くを通りかかると、花壇に水を差す人物と目が合った。
(誰だ? 王族の人間か……?)
 男は上等な身装みなりをしているため、ひと目で地位の高さをうかがい知ることができた。なにより、ジルヴァンの片眼かためと同じ濃褐色ブラウン双瞳ひとみの持ち主である。男の正体は側室そくしつが産んだ庶子しょしで、ジルヴァンの義兄あにだった。〔第35話参照〕
 詳しい事情を知らない恭介は、ペコッと頭をさげて通過しようとしたが、庭園から呼びとめる声が聞こえた。

「そこのキミ、待ちたまえ。」

 口ぶりからして、恭介は(やっぱりな)と思い立ちどまる。
「こちらへ来なさい。」
 そう命じられ、、、、、、、従うしかない立場の恭介は男がたたずむ花壇のそばまで歩み寄った。
「名前は、なんと申す。」
「石川恭介です。」
「きょうすけだと? 今、キョースケ、、、、、と申したか、」
「はい。」
 さすがに、黒髪はカムフラージュできても、生まれ持った名前までは変えられない。恭介は本名ほんみょうを名乗るたび、ここが異世界である現実を強く意識した。男はなにやら考え込むと、恭介の全身を不躾ぶしつけに見つめた。
(……なんだよ、こいつは。……オレは忙しいってのに)
 恭介は仕事に追われる身につき、こんなところで寄り道をしている場合ではない。その思いが顔にでたようで、男は苦笑にがわらいをした。

「呼びとめてすまないね。キミの都合もあるだろうが少し時間をくれ。キミは義弟おとうと情人イロなのだろう? 私の名は、ルシオン=ラフェテス=エルフィートだ。」

     * * * * * *
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

処理中です...