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第 43 話 〈キョースケ邁進〉
しおりを挟む何事も積み重ねてゆけば、ふさわしい動作や態度が身につくものである。恭介は慣れた足取りで城内を移動すると、遠征から帰還したボルグに伝票を突きつけた。
「おう、キョースケか! わざわざお出迎えか?」
「いいえ、武官様。きょうはこちらの件でお伝えしたいことがありまして。」
「それは、確か……、」
「ええ、そうです。先週に行かれた東の砦の町で買われた干物と地酒の領収証です。」
「それがどうかしたのか?」
「どうもこうもありません! こんなのを経費で落とせるかよ。あきらかにボルグさんの酒肴品だろーが!」
恭介は、途中から敬語をやめにしてしゃべっていた。事務内官として働くうちに、あることに気づいた恭介は、こうして原因の本人のところまで足を運び、説得と説明に励むようになった。
「なんだぁ、キョースケ。ケチくさいこと云うなよ。」
「ケチではなく、会計処理において、個人の趣味で購入した物品を、経費として計上することはできません。」
「じゃあ、どうしろって云うんだよ、」
「自腹で支払うにきまってるでしょう、まったく、」
「なんだ、キョースケめ。すっかり内官の形相が板につきやがったな!」
「ボルグさんこそ、節税が目的なら、もう少し業務上に必要性のあるものでお願いします。とにかく、この領収証は経費として分けることはできませんので、お返しします。」
これでも忙しい身の恭介だが、一般的な常識の範囲で経費として落とせる対象がなにかを説明し、次なる場所へと方向転換した。内官布の裾を揺らして歩く恭介の姿は、確実に目立つようになってゆく。コスモポリテスでは異例な黒髪については、ザイールに相談したところ、布製品の染料ならばあるとのことで、ひとまず横髪に色をつけてみた。すると、翌日から周囲の見る目は変わった。部分的に茶色が交じったことで、黒髪のほうが地毛だとは思われない。軽く染めただけでこうも簡単にカムフラージュできるとは意外だが、人間の目は、ちょっとした工夫で欺けてしまう。
「やあ、キョースケくん。きょうもご機嫌斜めだねぇ。」
「おや、事務官殿。きょうはどちらにおいでで?」
「いやはや、事務官殿はよく働く御方ですな。」
敷地内ですれ違う官吏職から、気軽に声をかけられる恭介だが、それにも耳が慣れ、「先を急ぐので」「どうも」と短く受け答えをする。実際、つかえない上司のせいで、仕事量は増えるばかりであった。
今朝早く、上司で文官のアミィは城下町へ出かけている。なんでも、本日オープンする雑貨屋で数量限定で販売される商品を、必ず手に入れる必要があると云う。アミィにそう命じたのは第6王子である。
(毎日、忙しいってのに、あのふたりは何やってんだよ)
恭介は長い廊下を歩きながら、内心で文句を云いつつ、曲がり角を左に折れた。庭園の近くを通りかかると、花壇に水を差す人物と目が合った。
(誰だ? 王族の人間か……?)
男は上等な身装をしているため、ひと目で地位の高さを窺い知ることができた。なにより、ジルヴァンの片眼と同じ濃褐色の双瞳の持ち主である。男の正体は側室が産んだ庶子で、ジルヴァンの義兄だった。〔第35話参照〕
詳しい事情を知らない恭介は、ペコッと頭をさげて通過しようとしたが、庭園から呼びとめる声が聞こえた。
「そこのキミ、待ちたまえ。」
口ぶりからして、恭介は(やっぱりな)と思い立ちどまる。
「こちらへ来なさい。」
そう命じられ、従うしかない立場の恭介は男が佇む花壇の側まで歩み寄った。
「名前は、なんと申す。」
「石川恭介です。」
「きょうすけだと? 今、キョースケと申したか、」
「はい。」
さすがに、黒髪はカムフラージュできても、生まれ持った名前までは変えられない。恭介は本名を名乗るたび、ここが異世界である現実を強く意識した。男はなにやら考え込むと、恭介の全身を不躾に見つめた。
(……なんだよ、こいつは。……オレは忙しいってのに)
恭介は仕事に追われる身につき、こんなところで寄り道をしている場合ではない。その思いが顔にでたようで、男は苦笑いをした。
「呼びとめてすまないね。キミの都合もあるだろうが少し時間をくれ。キミは義弟の情人なのだろう? 私の名は、ルシオン=ラフェテス=エルフィートだ。」
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