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第 42 話
しおりを挟むゼニスには、遠耳という能力が備わっていた。通常よりも遠くの雑音までが聴覚に響くため、戦地や、城下町の喧騒は、頭が痛くなるほどである。雑木林の監視塔に身を置くことで、むやみな騒音に悩まされずにすみ、また、獣人族の村にも比較的近いため、監視員は適職だった。
シリルの誘拐に気づけたのも、ゼニスが村の近くまで足を運んでいたからである。監視員の仕事がない日にかぎり、獣人族の嗅覚にふれない範囲のところまでやって来て、成獣となる日が迫りつつあるシリルを気にかけていた。
いっぽう、シリルは、村から連れ去られたとき、心の中だけでなく、声にだしてゼニスを呼んでいた。むろん、口に布を巻かれた状態につき、正確に発音できず“ゼニァフゥーッ”と叫んでいたが、森の中にいたゼニスの耳には届いた。運良く、最悪の事態を防ぐことに成功したものの、危うくシリルの肉体は悪人の手によって穢されるところだった。実際に盗賊の男が交接を遂げた場合、シリルの自衛本能により尖頭歯の餌食となっていたが、受精器官の膜を無理やり破られた可能性は高い。シリルの体内領域は他の誰でもない、ゼニスのためだけにひらかれる。
たとえゼニスとの生殖行為に激しい痛みが伴ったとしても、シリルが相手の温もりを拒絶する理由がないため、交接中のゼニスが攻撃対象となる可能性は極めて低い。あり得ないと云ってもいい。それほど深く想い合う感情は、シリルの体じゅうの細胞にも伝導っていた。ゼニスは、まちがいなくシリルに子を宿せる唯一の男だった。
「ゼニス、送ってくれてありがとう。」
「ああ。おれはここまでだ。」
「……うん。」
現在地は村から数キロ離れていたが、すでに獣人が活動する時間帯につき、人間が近づくことはできない。シリルは別れを名残り惜しみ、ゼニスの胴体をぎゅっ、と抱きしめた。
「どうした。」
「……もう少しだけ、一緒にいたいなと思って、」
「おまえは、早く村に帰ってやれ。心配する者がいるだろう。」
「……うん、わかってる。ゼニスはいつも、まちがわないから。」
「過大評価だ。」
「そんなことない。ゼニスは正しい人間だよ。ぼくを裏切らない。」
シリルはそう云って、目を瞑って見せた。ゼニスは身をかがめると、気息を合わせるため口唇を重ねた。シリルは口移しでゼニスに唾液を分け与え、獣人流の愛情表現をする。ゼニスもそれを承知して、咽喉の奥でシリルの唾液を呑み込んだ。
「……ゼニス、」
「おれが見てるうちに行けよ。」
「うん、わかった。さよなら、ゼニス。またね。」
「気をつけて帰れよ。」
「ゼニスもね!」
シリルはゼニスに上着を返すと、裸身で去ってゆく。周囲はすっかり暗くなっており、シリルの姿はすぐに見えなくなった。ゼニスの聴覚が異常に発達した原因は、獣人の唾液と血液に所以していたが、分け与えた当の本人はそんな副産物が人間側に付随しているとは考えもしなかった。
かつて、ゼニスは戦場で幼いシリルを庇い、深傷を負ったことがある。その時にシリルから血を分け与えられ、ゼニスの体内に獣人の細胞が流れ込んだ。ふつうに考えれば、人間側に拒絶反応の症状があらわれてしまう危険な行為だが、ふたりの細胞は相性がよく、見事に融合した。出会った瞬間から、結ばれることが望ましい関係のふたりだが、当初は、ゼニスのほうでシリルを遠ざけようとした。それについては、今後の機会に語られる。
「シリル様! ご無事でしたか!?」
村の入口に立っていたディランは、シリルのにおいに気づくと、真っ直ぐに走り寄ってきた。
「あ奴等は、どうしましたか!?」
「あやつらって?」
「憶えていないのですか? シリル様は、人間に捕まってしまわれたのですよ!」
「ぼくが、人間に……?」
その辺の記憶は曖昧なシリルだが、森ではゼニスに会えたので結果オーライである。なにやら慌てるディランをよそに、「疲れちゃった。眠たいな」と云って、欠伸をした。シリルのカラダからは複数の人間のにおいがするため、ディランはまず、清潔にする必要があると進言した。しかし、塒へ戻ったシリルは、背中を丸め、ぐっすり眠ってしまった。
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