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第 34 話 〈ジルヴァンと春〉
しおりを挟む恭介はデュブリスから世界史の書物を受け取ると、陽よけの頭巾をかぶり、迎えにきたアミィと荷馬車へ乗り込んだ。王立図書館の2階では館長とブリューナクが獣人について論じ、1階の窓際ではデュブリスと司書官の叔父が恭介について話し込んでいた。
「な? おれの云ったとおり、黒髪をしていただろう、」
「うん。でも、おじさん。あの方は獣人のことを、よく知らないみたいだったよ。本当に町で一緒だったのかな、」
「なんだ、おまえ。やつと会話したのか、」
「やつじゃないよ。イシカワキョースケさまだよ。」
デュブリスはそう云って、胸に手のひらを添えた。心臓の鼓動がドキンドキンと、高ぶっている。
「あんな人、初めて見た……。官吏のはずなのに、ぼくなんかに声をかけてくれて、……それに、失礼なことを訊いてしまったのに、キョースケさまは、すごく誠実な言葉を述べてくださった。」
「へぇ、そいつはまた、ふしぎな男だな。城務めの連中は、たいてい曲者が多いからな。」
デュブリスの叔父は、コスモポリテスの治安維持を任務とする部隊に所属していたが、内争によって傷つき、療養中に司書の資格を取得し、王立図書館へ再就職している。背中には、大きな傷痕が残されていた。コスモポリテスは、長年、移民を受け入れてきた歴史があるため、文化や風習のちがいから人々が衝突しやすい傾向にあった。夜になると城下町の路地には裏社会に通じる組織が集まりやすく、危険な雰囲気を漂わせている。
とはいえ、各地で起こる小規模な反乱は、軍事的な能力で制圧するしかない。武官であるボルグは兵隊に所属するため、よく地方のもめごとに駆りだされていた。ちなみに、ボルグはデュブリスの叔父と顔見知りの仲である。年齢も近く、どちらも三十代半ばで独身者だった。
ガタゴトと荷馬車に揺られながら城へ帰る途中、恭介は瞼をとじていた。ふいに、アミィから腕を掴まれて目を開ける。
「これは、ジルさまからの贈物よ。」
アミィは小型のクォーツ時計を恭介の手首に巻いた。
「とっても貴重価値の高いものだら、丁寧に扱いなさい。」
アミィが王立図書館を留守にした理由は、ジルヴァンから依頼された腕時計を買うためであった。
「……ジルヴァンが、オレに、」
「そうよ、愛されている証拠ね。キョウくんは役得だと思うわ。遅ればせながら、あたしからも、ふたりに春がきたことを祝福させて頂戴。」
アミィから頬に“ぶちゅっ”とキスされた恭介は、内心(げっ)と思ったが口にださずにおく。
(……ふたりに春ねぇ。……なりゆきと云えば、なりゆきなんだが、結果オーライだったのかもな)
第6王子の情人に選ばれていなければ、今頃はどうしていたか、想像すらできない自分に、恭介は肩をすぼめるしかない。左指の黒翡翠や、右手のクォーツ時計は、高級感がありすぎて、身につけていることに気が引けた。
(なんか、オレも派手になってきたな……)
ただでさえ、生まれ持つ黒髪が目立つため、あまりにも高価な装飾品を身につけては逆効果だと思えた。やはり、王室の金銭感覚は、民間人とは異なるようだ。
(……気持ちは、ありがたいけどな)
恭介は、自分をつまらない人間だと軽蔑しているため、自嘲して笑う。アミィは首を傾たが、恭介が脇に挟む書物に目をとめた。
「ねぇ、キョウくん。その本はなぁに?」
「え? ああ、これは、世界史の本です。少し、勉強しようと思って借りてきました。」
「まぁ、エライわね~。あたし、その手の歴史書は、読んでるうちに眠くなっちゃうからダメだわ。」
実のところ、恭介は同感した。図書館では思うように行動できず、デュブリスの選別に任せたものの、予想以上に分厚い本を手渡されたため、返却期日までに目を通せるか不安になった。
(足の爪先にでも落としら、まちがいなく骨折するぜ……)
背表紙の幅は5センチ以上ある。片手で持つには重すぎたが、デュブリス少年は恭介のために、両腕で抱えながら、運んできてくれたのだった。
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