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第 33 話
しおりを挟む恭介は日本人である。異世界にきてから、それを口に出したことはない。それとなく打ち明けたのは、ゼニスひとりだけであり、現在まで世間から問題視されていない点を考えると、恭介について、何も吹聴していないと思われた。
(って云うか、あの人は最初からオレに関心がなかったような気がする……)
王立図書館にて、デュブリスと名乗る少年に“何人なのか”と直球に問われた恭介は、答えあぐねてしまった。
(日本人だって云っても、わからねーだろうしな。周りの連中は日本語をしゃべってるのに、これって変な話だよな……)
その場をとりつくろう言葉を考えていると、デュブリスは本棚を見あげてから、恭介に視線を戻した。
「ぼく、黒髪の人がコスモポリテスにいるなんて思わなかったです。」
「……そんなに、めずらしいのか?」
「はい、もちろん。失礼ですが、キョースケさまは、髪の毛を染めていませんよね?」
「ああ、生まれつきだ。」
「生まれは、どちらのお国ですか?」
「……遠いところだけど、」
云われてみれば、この世界には何ヵ国あって、コスモポリテス以外にはどんな人種や文明が栄えているのか、まるで知らない恭介は、重い腰をあげた。
「悪い、デュブリスくん、」
「キョースケさま?」
「オレは、キミの質問に答えられそうもない。いつか、話せるときが来るまで待っててくれよ。嘘はつかない。約束する。それより、図書館には、世界地図とか、世界史の本とかは置いてあるか?」
「世界史なら、その向こう側に……、」
デュブリスは本棚を指差しながら、恭介が脇をすり抜ける瞬間、「いけないっ」と控えめに叫び、内官布の裾を掴んだ。
「ダ、ダメですよ、キョースケさま。今、出ていかれたら、みんなの注目の的です。……ぼくが取りに行ってきますので、このまま隠れていてください。」
「ああ、それもそうだったな。本は1冊あれば充分だ。キミに任せるよ。たのむ。」
「はい。行ってきます。」
恭介はデュブリスの背中を見送って、小さくため息を吐いた。
(素直でいい子だな……。質問には答えなかったのに、オレの立場を気遣えるなんて、大した性格だ。まだ16歳で、漁師だとか云ってたっけ。オレなんか、家で格闘ゲームばっかやってた年頃だぜ……)
恭介はふとした瞬間に、失われたものをなつかしく思った。さいわい、出会う人々の力を借りて、なんとか暮らしてゆけるため、物悲しい気持ちにならずにすんだ。むしろ、自分にできることをしようと、前向きになれた。
(……そうだ。オレには、やるべきことがあるんだ。この世界で生きていくには、努力するしかない。……それにしても、シリルくんといい、ジルヴァンといい、王子ってのはずいぶん個性的な性格をしてるよな。シリルくんは腕白だったし、ジルヴァンの場合は見た目が派手だし、強気だし、まあ、どっちもかわいいトコあるけどな……)
恭介の思考が横道にそれる頃、デュブリスは本棚から抜き取る書物を真剣に探していた。
「う~ん、どれにしよう。キョースケさまに任されたからには、ぼくのイチオシを読ませてあげたいな。あっ、これなんかどうだろう、」
独り言をまじえながら目についた分厚い書物に腕を伸ばすと、横手の人物に先取りされた。
「あの、すみません、その本は……、」
恭介に読ませたかった1冊につき、デュブリスは傍らの人物に相談を持ちかけた。
「その本を、必要としている人がいるんです。どうか渡してもらえませんか?」
世界史の書物を手にした人物は、白髪まじりの頭をしており、衣服のあちこちが擦り切れていた。不衛生な容姿に見えたが、太めの眉や深緑色の眼には意志の強さを感じる。デュブリスの顔を、じっと見つめた後、「譲歩しよう」と云って、書物を本棚へ戻して立ち去る。背中を丸めて歩く姿は、ひどく年寄りに見えた。デュブリスは目当ての書物を抜き取ると、恭介のところまで引き返した。
いっぽう、猫背で歩く老人ふぜいの人物とすれ違った館長は、「これはこれは」と云って会釈をする。
「あなたがここへ来るなんて、何年ぶりだろうか。相変わらず、世界中に点在する獣人の村を調査しているんですか、ブリューナクさん。」
館長に名を呼ばれた人物は、にっこり笑い、しばらくはコスモポリテスに落ちつくと云う。
「それならひとつ、とっておきの情報を提供しますよ。」
城下町で獣人らしき姿を目撃したと告げる館長に、ブリューナクは目を見張った。
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