恭介の受難と異世界の住人

第 32 話

　シリルくんのことだ。恭介は、そう思った。
　
　ブリューナクという男の調査によると、獣人けひとの王族の血筋には、身体そのものは男のつくりだが、両性具有りょうせいぐゆうと呼ばれる特異な生殖機能を持つ獣王子おうじが派生するという。
　それも、両性具有の男児は、500年にいちどの低確率でしか産まれてこないため、きわめてめずらしい存在であり、繁殖はんしょくに関しても、定さだめられたわずかな時期タイミングでしか子孫を残せないカラダの持ち主だと結論づけている。成獣となり、発情した場面で即座そくざに交接こうせつし、ひらかれた受精器官へ確実に子胤こだねを注入できる健康な相手を、あらかじめ捜さがしだす必要があった。前発情期と呼ばれる発達段階の最中に、体内で生成される生理活性物質フェロモンで有能な雄オスを引きつけ、生殖行為をするにふさわしい相手を、いかにして選び抜くかが重要なのだ。〔第９話参照〕

　シリルが両性具有である身を自覚じかくして間まもなく、他国から傭兵ようへいとしてコスモポリテスを訪おとずれたゼニスと、運命的な遭遇そうぐうを遂とげる。〔中略〕
「あのね、ゼニス。お願いがあるの。ぼくが成獣になって発情したら、その場で交接こうせつしてくれないかな。ぼく、ゼニスの赤ちゃんだったら産んでみたい。人間とカラダをつなげるのはこわいけど、でも、ゼニスならいいよ。だから、必ず迎えにきて。絶対に忘れないで。」
　シリルは獣人につき、まだ見た目は幼おさないが（しかも全裸姿ぜんらすがたで）、伴侶はんりょとなることを要求されたゼニスは、ひざまずくと小さな手をとり、迷うことなく承諾しょうだくした。人間と獣人の交流は長らく停滞していたが、傭兵ようへいとして国々を渡り歩く若武者のゼニス〔当時23歳〕に、世上の都合など問題ではなかった。戦場の荒れ地こうやで幼年期のシリルと出会い、親密性を獲得し、心を通かよわせてゆくことになる。
　恭介がシリルの紹介でゼニスと顔を合わせた時、もはや、いい表す言葉など存在しないほど、ふたりシリルとゼニスの絆きずなは深まっていた。

　恭介はブリューナクの記述を読み進めるうち、ある事柄ことがらに気がついた。
（……ちょっと待てよ。両性具有は、王族の血筋からしか派生しないと、この本に書いてあるぞ。と、云うことは、まさか、シリルくんの正体しょうたいは、獣王子おうじだったのか!?　嘘だろ!?）
　
　ブリューナクが後世こうせいに残した記録は、どれも綿密めんみつに調査した史実につき、シリルの正体は正真正銘しょうしんしょうめい500年にいちどの獣王子である。
（オレは、獣人族の王子様と旅をしていたってのか!?　いや、待てよ？　オレはシリルくんに何をした？　あとで罪に問われたりしないだろうな……!?）
　今更のように驚愕した恭介は、デュブリスに訊たずねた。

「なあ、キミ。もし、獣人を見かけたら、どうすればいいんだ？　何か適切な対処法でもあるのか？」
「それはもちろん、目を合わせないことだと思います。彼等かれらは肉食なので、おなかが減れば人間も襲うと聞いたことがあります。」
「獣人って、人間を喰うのか……、」

（マジかよ。ってか、ゼニスさんは何もかも知ってて、黙ってたのか？）

「獣人が肉食なのは確かですが、人間を襲う可能性は低いと思います。それは、あくまで流言うわさの類たぐいなんです。それに、ブリューナク先生の記録によれば、一方的に人間が傷つけられたと云う事件は、いっさいありません。ですから、本当に襲うとしたら、正当な理由が他ほかにあると、そう考えるべきではないでしょうか。」
「なるほど、そうかもな。キミは賢かしこいな。」
「い、いいえ、そんなことはありません、」
　デュブリスは恥ずかしそうに顔を横向けたが、著者のブリューナクを先生と呼んでみせるあたり、勉強熱心な性格だと推測すいそくできた。恭介は少年に書物を返すと、シリルと出会ったことに、何か意味があるのだろうかと考えた。獣人族は単純に興味の持てる存在だったが、シリルの場合は、とくに謎の行動力が気になった。恭介が目を醒ました時、なぜ遺跡ルーインに居たのか、その真相は語られていない。
（……でも、ゼニスさんがいる限り、シリルくんは大丈夫そうな気がするな。まぁ、色々と危あぶなっかしいけどさ）
　微かすかに笑う恭介を見たデュブリスは、

「キョースケさまって、何人なにじんなんですか？」
　
　と、いきなり切り出した。

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