恭介の受難と異世界の住人

み馬

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第 30 話

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 コスモポリテス城の組織図は、東アジア型の歴史になぞらえることができた。政務を補佐ほさする文官ぶんかんと、軍事を取り扱う武官ぶかんがおり、職事しきじを持つ役人を内官ないかんおよび外官げかんと呼ぶ。恭介は基本職を持つ事務内官という立場で、ボルグは武散位の兵士となる。神殿プロメッサに奉職するザイールは神官しんかんと呼ばれる身分であるが、国王に任命されれば政務を補佐する文官に様変さまがわりする。アミィは文官にして恭介の上司じょうしにあたる存在だが、どちらも第6王子ジルヴァンかかわる職務(アミィは側仕そばづかえ、恭介は情人イロ)を兼任していた。

「アミィさんって、ジルヴァンの側仕そばづかえなんですよね? 具体的には、どんなことをしているンですか。」
 
 きょうは、アミィの提案で朝から王立図書館へ向かっている。ロバのような動物が引く荷馬車にばしゃに乗り込み、ガタゴトと揺られながら、向かい合って座る上司に質問した。
「そりゃあ、色々よぅ。この前も、町でいちばんの占い師に、ジルさまにステキな恋人が現れないか、調べてもらいに行ってきたの。そうしたら、この口唇くちびるの型に合う殿方とのがたが運命の相手だとか云って、紙を渡されたのよ。だから、ジルさまの寝間ベッドルームにいたキョウくんで試してみたら、まさかの適合者なんですもの。こんなにあっさり見つかるなんて、占い師に感謝しなくちゃかしらねぇ。」
(あの時の和紙みたいやつは、そういう意味があったのか……。ってか、口唇のカタチって、なんだよその占いは……)〔←第20話参照〕
ほかにはぁ、ジルさまの食事を運んだり、おやつを一緒に食べたり、庭園を散歩したり、慣例行事の付き添いをしたり、文字を教えたり、裁縫を教えたり、あとはぁ……、」
 アミィは、さらに考えこむ表情を浮かべるため、恭介は「もういいです」と云って制した。ここ最近のジルヴァンは、平穏な日常を送っているようで安堵あんどした。

 王立図書館に到着した恭介は、思わず目を見ひらいた。ロマネスク建築を取り入れたかのような建物は、長方形を基礎として、身廊と側廊を持ち、直角に張り出す翼廊を加え、中央に八角形の塔がある。煉瓦レンガと石で造られた平面形体の設計は、岩造りのコスモポリテス城よりも芸術性の高い建築様式だった。館内に足を踏み入れると、白を基調とした上等な衣服を着こなす司書官に対し、色褪いろあせた布を身につける利用客とに目がとまる。身分の差異はあきらかだが、すれ違う民間人の表情は明るく見えた。
(……オレも、自分の立場をとやかく、、、、云えねーけどな)
 内官布ないかんふを着る恭介だが、城努しろづとめは縁故採用につき、実力ではない。左指にひか黒翡翠ジェダイトは身にあま代物しろものである。

「こっちよ、キョウくん。館長を紹介するわ。」
 
 アミィは、慣れた足取りで螺旋階段へと向かう。恭介は、陽よけの頭巾フードを取りはらい、アミィの後を追いかけた。階段を駆けのぼる足音に振り向いたひとりの司書は、恭介の姿を目にした瞬間「あっ」と短く叫んだ。それから、あわただしく館内を移動して、窓際の席につく少年に声をかける。
「おい、デュブリス。流言うわさは本当だったぞ。おれは今、黒い髪の男をこの目ではっきり見た!」
「おじさん、静かにしてください。ここは図書館ですよ。」
「おぅ、悪い、つい興奮しちまってな。いや、だが、あれはまちがいなく黒髪だった。」
 いつもの席で、ブリューナクの叢書を愛読していたデュブリスは、叔父の言葉を疑った。
「墨で髪の色を染めた人かも知れませんよ? たまにいるじゃないですか。」
「その可能性もあるが、とにかく、おまえも見てきたらどうだ? 螺旋階段をのぼって行ったから、その内に戻ってくるだろうさ。下で待ち構えてだなっ、」
「ちょっと、おじさん、落ちついてください。何を云ってるんですか、まったくもう、」
 やたら息巻いきまく叔父を見たデュブリスは、とりあえず、自分の目で確かめることにした。読みかけの叢書を片手に、螺旋階段のわきへ待機する。しばらくすると、三つ編みの男と恭介が階段をおりてきた。恭介はデュブリスと目が合った。黒髪の男を前にして、
「こ、こんにちはっ、」
 と、デュブリスは挨拶する声が裏返ってしまったが、恭介は「こんにちは」と気軽に応じた。そして、少年が手に持つ書物の表題タイトルへ視線を落とすと、

「キミは、獣人けひとに興味があるのか?」
 
 と声をかけた。思いがけず、恭介に話しかけられたデュブリスは、驚いて言葉を詰まらせてしまった。

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