恭介の受難と異世界の住人

み馬

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第 26 話

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「ザイール、ちょと見てくれ。輪具コレが何かわかるか?」
 恭介は左手を顔の高さまで持ちあげて訊く。
「……輪具リングですね。黒い石は翡翠ジェイドでしょうか?」
ほかには?」
「と、云いますと……、」
「なければいいんだ。なんでもない。」
(王子の情人イロになった証拠みたいなものらしいが、世間せけんには浸透しんとうしていないのか……)
 当然ながら、王室おうしつ閨事ねやごとについて熟知する民間人は稀少まれである。神殿プロメッサに奉職するザイールに、第6王子との秘事ひめごとを打ち明けるべきか判断に悩むところだが、広いとは呼べない部屋にふたりで暮らすため、遅かれ早かれ露見ろけんするだろうと思われた。
(どうしたもんかな……。ひとまず、就職が決まったことはしらせるべきだよな。世話になってる身だし、あんまり隠し事はよくねぇよな)

 数日前、ザイールとは領収証の件で口争くちあらそいに発展したが、思いきって話しかけたところ、ふつうに会話が成立した。ザイールは城内の共同浴場へ向かうため着替えを用意している。
「オレも一緒に行こうかな、」
 恭介は何も考えずにつぶやいたが、ザイールににらまれてしまった。
「どうしてわたしと同時に行くのです? キョースケさまは、昼間にご利用なさってください。」
「うん? いやなのか?」
「いやですね。わたしはしたしい者には肌を見られたくはありませんので、お先に失礼します。」
(あのな、オレの股間こかんを見ておきながら、よく云うぜ……)〔第12話参照〕
 ザイールが部屋から出ていくと、恭介はため息を吐いた。チンチン人形ドールでる趣味はあっても、恭介との混浴はきっぱり拒絶する。おそらく、王子と同じ属性を持つザイールは、なかなか扱いがむずかしかった。恭介は、ずっとヘテロだと思い込んでいたが、王室公認の情人となった今、王子に対して反応する身体作用の変化を認めた。
(……そう云えば、ジルヴァンはどうやってオレを呼びだすんだ? 使いを寄越よこされたら一発いっぱつでザイールにバレちまうな……)
 明日あすからは内官として城へ出勤する恭介だが、情人としての立場も忘れてはならない。日中は事務作業デスクワークはげみ、夜は寝台ベッドの上で精を尽くす日常が待っている。
(体力がたねぇ気がしてきた……)
 ジルいわく、「しばらくは仕事を優先せよ」と云われていた恭介は、浅はかな妄想を打ち消すと、アミィから手渡された内官布ないかんふを準備した。詰衿つめえりの両側に枝葉が交叉こうさしたような紋章が銀糸ぎんしで縫われている。アミィの着ていた服にも、似たような刺繍があることに気づいた恭介は、この国の役人やくにんとして働く現実に胸の奥が熱くなった。

(……シリルくん、ゼニスさん、元気にしているか? オレはコスモポリテス城の内官になったぞ。信じられないだろうけど、第6王子の情人にもなっちまったよ。……ふたりはどうしてる? 話したいことがたくさんあるぜ)
 
 恭介は内官布を見つめながら、遺跡ルーインで目醒めてからの記憶をたどり、にわかな昴揚こうようを心地よくとらえた。
(ふたりとも元気なら、それでいい。オレも元気でいれば、必ずまた会えるよな……)
 恭介は、シリルとゼニスの健康を心の底から祈った。

 翌朝、寝台から起きてきたザイールは、官吏服かんりふくを着こなす恭介をひと見た瞬間、「わっ!?」と、大きな声をあげた。
「キョースケさまっ、その格好かっこうはどうなされたのですか!?」
「変か?」
「と、とんでもない! とてもよくお似合いです!!」
「サンキュー。」
「しかしながら、なぜ、そのような身仕度みじたくを……、」
「云い遅れたけど、きょうから事務内官として働くことになったンだ。収入が安定するまで、もう少し同居させてくれると助かる。」
「それは、もちろん構いませんが……、キョースケさまのお姿が、まるで見違みちがえるようで……、」
 つまらない人間でも身なりを整えれば立派に見えるものである。恭介は、
「馬子にも衣装だろ。」
 と云って笑う。ザイールは言葉の意味を知らずにいたが、恭介の容姿に見とれるばかりで「はわぁ」と、おかしな声をらした。
「先に行くぜ。またな、ザイール。」
 茫然と佇むザイールに玄関から手を振り、出発する。
(さて、どんな書類が山積みになっているのやら。オレの実力を発揮してやるぜ)
 専門分野の職を得た恭介は、働く意欲に満ちていたが、すぐに修羅場を経験することになる。

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