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第 25 話 〈事務内官の憂鬱〉
しおりを挟む石川恭介、27歳、ただいまド緊張中。
奥行きのある謁見広間には、国王と王妃以外はおらず、恭介はひとりで対面した。ここまで道案内をした男は広間の扉を閉めて、通路で待機しているようだ。
(……まずは拝礼だよな)
恭介は教わったとおり、床に両手をついて深く頭をさげると、ゆっくり立ちあがった。国王との距離は数メートルほどだが、背の高さ以上ある衝立に遮られており、恭介のほうから相手の姿は確認できなかった。
ただし、大きな窓を背にして座る国王と王妃につき、降りそそぐ陽光に輪郭だけはぼんやりと見えた。拝礼の次は名乗りをあげること。恭介は事前に云われたまま、名前を声にだし、再び床に両手をついた。次に立ちあがるには、相手の許可が必要である。恭介は息をひそめて国王の言葉を待った。長い沈黙のあと、ようやく「面をあげよ」と低い声がかかる。恭介は内心ホッとして顔をあげた。しかし、安堵したのも束の間、こんどは高い声で「衣服を脱ぎなさい」と命令された。
(は? なんだって?)
声の調子から王妃であることにまちがいないが、国王の面前で脱げとは、大胆な発言である。ほんの少し迷ったが、腰の帯をほどくと、肩から布を落とした。ふだんから身につけている衣服は、いつかの行商人からゼニスが買いつけた一張羅である。コスモポリテスには下着というものが存在しないため、重ね着をしなければ、たった1枚の布で肌を隠すしかない。恭介は恥を捨て、全裸で佇んだ。
(くそ……、惨めだぜ……)
国王も王妃も、王子の寝床入りに使われるであろう部位が気になるようすで、下半身にばかり視線を感じた。続いて、低い声が「うしろを」と云う。恭介は背中を向けて立ち、視線の網に耐えた。何かを指摘されることはなく「身装を整えよ」と、低い声がかかる。衝立はミラーガラスになっているようで、国王も王妃も身動きひとつせず、こちらのようすを窺っていた。恭介は衣服に袖を通すとき、左手の輪具へ目をとめた。利き手の人差し指に高価な黒翡翠が輝いている。裸身になる時、輪具も外すべきだったかと気にかけた。
(……いや、これはジルヴァンからもらった気持ちの証なんだ。そう簡単には外せないだろ)
恭介は、改めて前を向いた。発言する権利を持たないため、ただ棒立ちするしかない。衝立の向こうから、「黒髪は生まれつきか」と問われ、「はい」と短く答えた。すると、「認可証を、ここへ」と云われる。恭介は「はい」と応じ、衝立の隙間から向こう側の人物へ認可証を差しだした。手許に返された時、裏側には公認の印判が押されていた。
(……これでオレは、ジルヴァンの正式な情人になったのか)
名刺サイズの小さな認可証に圧力を感じた。いつまでも印判に視線を落とす恭介に、王妃の高い声が告げる。
「イシカワキョースケさん、わたくしたちの第6王子は少々気随が過ぎる子ですが、どうか愛情を持って慈しみくださいね。存じているとは思いますけれど、王子は姫君との戯れを知らぬ身です。閨事の際は無理強いをせず、お手柔らかにお願いしますよ。」
恭介は一瞬返答に悩んだが、この場では「はい」と頷くしかない。王妃の科白を察するに、国王共にジルの性癖を見抜いていると思われた。つまり、本人への寛容さが示されたことになる。
(良かったな、ジルヴァン……)
恭介が情人として王子に寄り添うかぎり、煩わしい政略結婚に巻き込まれることはない。認可証を帯にしまうと、背後の扉が開いた。国王も王妃も何も云わずに黙っていたが、用はすんだから退室せよという言外の指示であり、恭介はそれを理解した。廊下にでると、アミィが待ち構えていた。
「どうだったの!?」と云って詰め寄るアミィに、恭介は「公認されました」と敬語で答えた。(いちおう上司になるからな……)
「まぁっ、良かったわ~!」
と、はしゃぐアミィは、
「それじゃあ、いつから始めようかしら?」
と訊く。これは仕事の話である。恭介は「あすにでも」と即答した。
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