恭介の受難と異世界の住人

第 22 話 〈イケないふたり〉

　アミィは、第６王子の云いいつけに従したがって、恭介を王宮関係者専用の出入口でいりぐちまで案内した。そこで、直槍すやりを片手に持つ番人へ文官札を提示した後のち、恭介へ認可証を手渡した。名刺ほどの大きさで、ジルヴァンの名前が印字されいる。

「いいこと？　これはとても重要なものだから、どこかに手放したり、絶対に落とさないでね。……キョースケ、あなたは、ここの出入口からジルさまの寝間ベッドルームへ通かようことになるのよ。王室の作法については身体検査のときに学べるから、しっかり身につけてね。それと、呼び出しには必ず応おうじること。これからは、何よりもジルさまとの閨事ねやごとを第一に考えて行動しなさい。」
　アミィは、恭介を第６王子の情人イロと見なして口をきく。
（……本当にこれでいいのかよ。ずいぶん、オレを信用しすぎじゃねぇか？　さすがに後あとが無さすぎるだろ。重大な物事ものごとを、あっさり決めちまうンだな……。危機感に欠けてないか？）
　
　結局、恭介は最後まで断ることができず、書類を手にしてザイールの住居へ戻った。もとより、民間人は王宮の内情に口を挟はさむ権利など持っておらず、王子に指名された時点で情人イロになることは確定していた。
（まいったな。こんなこと、ザイールには相談できやしない……）

　神殿に奉職するザイールに、下世話について訊きくわけにはいかない。恭介は童貞ではないため、ある程度の手順は心得こころえていた。だが、学生時代に交際した女性とは、会計士の勉強に集中するため、短い期間で別れている。まして、男を抱くことになるとは予想外の展開である。ひとまず、持ち帰った書類に目を通して必要事項を記入すると、ザイールの寝室へ歩み寄った。引き戸を開けると、寝台ベッドの枕もとに、チンチン人形アルトゥルが置いてあった。
「……おまえは、ぬいぐるみだから無害だったな。邪険じゃけんにして悪かったよ。」
　恭介はアルトゥルに話しかけ、自嘲じちょう気味に笑う。もはや、現実を受けとめるほかない。自分と王子が肉体関係を持つと知ったとき、ザイールはどんな反応を示すのか少し気になった。恭介は寝室の戸を閉めると、部屋をでてトイレに向かった。誰もいないことを確認してから個室にはいり、自慰行為マスターベーションをする。生理機能は至って健康につき、頭の中で王子を抱く姿を思い浮かべながら下半身の興奮を煽あおり、自らの指で宥なだめた。
（昼間から何やってんだ、オレは。イメージトレーニングのつもりかよ……）
　コスモポリテスに飛ばされてから初めて性的な自己満足を処理する恭介だが、同時に、虚むなしさを感じてしまった。

　翌日よくじつ、ザイールが朝食のため部屋から出ていくと、すれ違いざまにアミィが訪たずねてきた。恭介の居場所を知っていた理由は、掲示板の貼り紙を取りはずしに行った際、入浴をすませてきたボルグに声をかけられたからである。「その募集に興味のある奴がいたんだが、締め切っちまったのか？」と訊きくボルグに、アミィは「キョースケと云う男が採用されたのよ。」と返した。すると、ボルグは「そいつはよかった！」と笑うので、アミィはその場でボルグの軽い口から、恭介の居処いどころを入手した。

　アミィは、寝起きの恭介に大きな包つつみを押しつけると、玄関先で中身の説明をした。
「衣服ころもが全部で４着はいっているから、確認して頂戴ちょうだい。１着目は宮仕みやづかえ用の内官布ないかんふよ。衿えりもとに事務内官の身分を示す紋様もんようが刺繍されているから、あなたが日常的に着るものになるわね。だから、同じものを２枚用意したわ。汚れたら自分で洗うこと。３着目は礼服よ。王室行事に参列する場合のものね。シワにならないよう、壁にでも掛けて置きなさい。４着目は共寝の際に身につける絹衣きぬよ。腰紐こしひもは結ばずに内側へ括くくること。以上よ。」

「ど、どうもありがとう。」

　恭介は、複雑な心境で包みを受け取った。
「そうそう、ジルさまから聞いているとは思うけど、午後に身体検査を受けてもらうから、認可証を使ってきのうの通路まで来なさいね。あと、書類も忘れないで。それから、あたしは文官ぶんかんなの。求人の貼り紙を出したのも、このあたしよ。キョースケはジルさまの情人だけど、あたしにとっては部下になるわね。これからよろしく頼むわ。」
　アミィは云うだけ云って「それじゃあね」と、手を振って立ち去る。
（オネェ野郎オトコが上司って、マジか……）
　受け取った包みが、急にずっしりと重たく感じた。
　　　　     
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