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第 20 話
しおりを挟むコスモポリテス王国、第6親王子〈レ・ジルヴァン=ラフェテス=エリュージオ〉通称ジル、それがオッドアイで高貴な男の正体だ。オネェ言葉の肉感がむっちりした男は、アミーユ=パラッシュ=フェニーハートと名乗り、通称アミィらしい。女性っぽい響きだが、25歳の成人男性である。ちなみに、アミィの役職は文官につき、のちに事務内官となる恭介の上司という立場にあたるが、ジルの側仕えを兼任している。
「ほらぁ、見てください、ジルさま! 見事に合致してますよぉ!」
アミィは恭介の口を拭いた和紙のようなものと、もう1枚用意した別の紙を重ね合わせ、ジルに手渡した。
「ホントにめでたいわ~。占い師の云ったとおり、この口唇の型をした相手と、こんなにも早くめぐり逢えるなんてステキだわ~。国王様にもお報せしなくちゃね~。」
アミィはふんぞり返ると、恭介をビシッと指差した。
「そこのあなた! 心の準備はできてるわね!? あなたはジルさまの情人に決定したのよ。名誉に思いなさい。ところで、なんて名前なの? めずらしい容貌をしているけれど、あたしの言葉の意味、わかってるかしら?」
「……通じてるよ。名前は石川恭介だ。情人って確か、間男だよな、」
夫のある女性が他の男性と密通することだが、コスモポリテスでは少し解釈がちがうようだ。
「イシカワキョースケ? 知らない名前だわ。キョースケって呼べばいいのかしら。」
「好きに呼んでもらって、いいけど……、」
「じゃあ、キョースケね。あなたは王室に公認されるのよ。いいこと? たとえ反対意見があがっても、このあたしが必ず説得してみせるから安心なさい。」
「公認って、なんのことだ?」
「いやだわ、とぼけないで頂戴。その気もないくせに寝間までついて来たの? ちがうでしょ。情人になりたくて口説いたはずよ。これからは、きちんと責任を果たしなさい。」
恭介は話の内容がイマイチ理解できず、頭を悩ませた。そもそも、王子を口説いた覚えはない。寝間へ来たのも偶然である。しかも、情人とは穏やかな話ではない。
(なんだよ、この状況は……。また、わけのわからない展開になったな……)
アミィは鼻歌まじりで寝間から出ていく。残された王子は、恭介を寝台の端へ腰かけるよう促すと、並んで座り、王室の閨事について淡淡と語り始めた。
現在、二十歳になっても未婚であるジルは、毎日のように良縁話を持ちかけられ、うんざりしていた。コスモポリテスの王室男士は、弱冠13歳にして一人前と見做され、高官の娘との縁談が飛び交うのが常であり、一方的に企てられた。ジルは断り続けていたが、いよいよ、本人の意思とは関係なく推し進めようとする動きを察知したため、最終手段を決行した。
新王宣下のない王子は、情人を従者として側に置くことができる。その性別は問われず、共寝の相手がいるかぎり縁談を強要されることはない。もしくは、三十路まで性経験を持たずに純潔であれば聖人と尊ばれ、残りの生涯を神殿で暮らすことになる。ジルは前者の方法を選びとり、閨の相手を恭介に定めていた。王子は精悍な顔つきをしていたが、意外にも性癖は受け身である。つまり、恭介はジルを抱くことで、その役目を果たすことになる。
(……ないだろ。さすがに、こればっかりは協力できん。王子のことは不憫に思うけど、カラダが反応しなければ、それ以前の問題だからな……)
傍らのジルは、恭介の内心を見透かして目を細めると、サイドテーブルから硝子の小瓶を取りだした。
「それはなんだ?」
恭介が訊ねると、ジルは「催淫薬」だと云って蓋を開ける。ほのかに甘い香りがした。
「いくら真面目な貴様でも、媚薬を使えば性欲も湧くだろう。吾に恥をかかせたら赦さんぞ。この肉体を貴様に委ねてやるのだ。せいぜい、大事にしろ。」
冗談に聞こえないから困る。恭介はジルの手から小瓶を取りあげて蓋を閉めると、今後について真剣に考えた。
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