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第 19 話 〈王子のワガママ〉
しおりを挟む庭園の奥に、ひっそりとつくられた扉は全体的に錆びており、見れば鍵も毀れていた。把手に腕を伸ばす恭介に、傍らの男が「あのさ」と声をかける。
「ん? なんだ?」
「……いや、……その、」
「どうかしたのか、」
「……だから、」
男は何かを云い澱み、朝陽を見つめた。まぶしい陽光に照らされた左眼の虹彩が、鮮やかな青紫に映える瞬間を捉えた恭介は、思わず、数秒ほど見とれた。右眼は濃褐色のままである。男の双瞳にふしぎな魅力を感じたが、ヘテロにつきカラダは反応を示さない。
(……シリルくんの場合は、きっと、あれだよな。発情期特有のフェロモンのせいもあったにちがいない)
恭介はシリルの裸身を見て、欲情しそうになったことがある。だが、手をだせばゼニスに殺されると知り、考えを改めている。
(なんかオレ、異世界に来てから、男を見る目がおかしくなってないか……?)
ちなみに、ふだんは温厚な性格のザイールは受け身であったが、チンチン人形を偏愛しており、恭介はドン引きした。
つい考え込むと、男は扉を開けて姿を消していた。
「あれ? あいつはどこだ?」
我に返った恭介は周囲を見まわした後、扉の先へと急ぐ。煉瓦づくりの階段が城砦の南棟へのびている。あわてて駆けのぼると、男は最上段に腰をかけて待っていた。
「遅い。」
と云われ、「すまない」と素直に詫びた。隠密行動の最中に余処事など考えるひまはない。非常階段は城砦の内部とつながっており、現在地は4階であると男が補足する。
「キミは、城内のことにも詳しいんだな、」
「さあ、どうだか。」
男は生意気な言動をしていたが、身分は高そうだ。履物にも、金属製の飾りがついている。いつの間にか先立って歩き、どこかの部屋に到着した。
「……ここは、誰かの寝間じゃないか、」
広々とした一室に、クラシックスタイルの寝台や高品質な家具、置き時計などが配置されている。センターテーブルの上に、高級感の漂うティーカップがふたつ並んでいた。
「なあ、キミ。こんなところに勝手にはいったりして大丈夫なのか?」
男は被っていた布を床へ落とすと、ゆっくりとした動作で恭介を振り返った。
「いいもなにも、ここはおれの寝間だ。」
あまりにも予想外の返答につき、恭介は唖然となる。
(おいおい? こいつ、城に住んでいたのかよ? それなら、浴場の廊下にいたのも頷けるけど、隠れていた理由がわからないぞ。城外を目ざしていたはずなのに、なんで自分の部屋に戻る必要が……?)
「うん? これってもしかして、」
ハメられたか。そう思った瞬間、背後からガシッと肩を掴まれた。
「はぁいっ、おとなしくなさいませぇ!」
大きな声と共に関節技を喰らい、床へ押し倒された。
「痛ぇっ、」
「ごめんなさいねぇ、ちょっと失礼しまーす!」
間延びする口調の人物は、和紙のようなもので恭介の口唇を拭き取ると、「あら? やだっ、たいへん!」などと叫ぶ。女人のしゃべり方をする人物は、腰までのびた髪を三つ編みにしており、体形はむっちりとしていた。
(くそ、肩が痛ぇな。なんなンだ、このオネェ野郎はよ……)
腕力で動きを制された恭介は、無言でこちらのようすを見おろすもうひとりの男へ説明を求めた。
「これは、どういうことなんだ? 最初から、オレをこの場所に誘導するのが狙いだったのか、」
「ちょっと、あなた!? なんて口をきくのよー!」
オネェ野郎がうるさい。恭介はオッドアイの彼と話がしたかったので、挑むようなまなざしを向けた。
「オレを騙したのか?」
「否、騙したわけではない。貼り紙の件なら心配せずともよい。すぐにでも、内官にしてやる。城で働きたいのだろう? 真面目なのは、けっこうなことだ。」
なにやら偉そうな口ぶりに変化していたが、実際、その通りなのだろう。恭介は三つ編みの男から解放されると、乱れた前髪を指でかきあげた。
「……キミは、いったい何者だ? いい加減、正体を明かしてくれないか。」
そう訊ねると男は即答したが、恭介は驚いて絶句した。
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