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第 17 話
しおりを挟む派手な身装をした男の正体は、恭介が冗談半分で口走った“王子様”である。だが、共同浴場の廊下で国王の嫡出子に遭遇するとは夢にも思わない恭介は、ポリポリと頬を指でかいた。
「なぁ、いつまでこうしていればいいんだ? オレは、風呂にはいりたいンだけど……、」
ひざまずく姿勢のまま訊ねると、男は前かがみになり、顔を近づけてくる。その時、恭介は数秒ほど稀な特徴に魅入った。男の虹彩は色が左右で異なる、いわゆる、オッドアイをしていた。左は青紫だが、右は濃褐色である。
「おまえ、なんか臭うぞ、」
「……そりゃ、悪かったな。3日間、カラダを洗ってないんだよ。」
恭介の言葉に男は「げっ」と反応し、わざとらしく一歩うしろへ身を引いた。
「さっさと行ってこいよ。あまり待たせるなよな。」
(うん? ってことは、廊下でオレを待つ気なのか……?)
恭介は男の言動をふしぎに思ったが、ひとまず、朝の人気が少ないうちに浴場へ向かった。共同と名のつくだけあり、脱衣所や浴槽は広々としていた。10分で入浴をすませ、掲示板の前へ戻る。ボルグから教えてもらった貼り紙に目をとめ、求人情報を確認する。
{内官募集•財務経理に関する書類整理、および管理業務ができる者を求ム•詳細は採用担当まで•募集人数1名}
(財務ってことは、帳簿や諸表の監査だろうが、経理も兼ねるのか?)
財務と経理の役割は異なるため、恭介は眉をひそめた。だが、会計士の資格を持つ自分には得意分野だと判明する。コスモポリテスの通貨は円につき、金銭管理に問題はない。ふいに、背後から耳を強く引っ張られた。
「痛っ!」
派手な見た目の男は、恭介の右耳を指先でつまみ、再び柱の陰に隠れた。そして、湯を浴びたばかりの恭介を見て、「ほう」と感心する。
「おまえって、いい体形してるよな。太ってないし、上背もあるし、黒髪なのもめずらしい。」
そう云う男は、やや赤みを帯びた茶色の髪をしている。恭介はまだ名前を知らずにいたが、名乗る気はないらしい。
(なんだろうな、こいつ。変な奴だな。風呂にもはいらないのに、なんで浴場前の廊下にいるンだ? それも朝イチで……)
その男の目的は不明だが、恭介は話題を変えることにした。視線の先に見えている掲示板を指で示す。
「あそこに貼ってある内官募集の求人なんだけど、どこに行けば面接を受けられるのか、知ってるか?」
「そんなに仕事が欲しければ、呉れてやるよ。ただし、おれを一緒に連れていけ。」
「オレについて来て、どうするんだ?」
「そうじゃなくて、おれを“誰にも見つからずに”城の外へ出せたら、内官の仕事を褒美として与えてやるって意味だ。」
今の言葉を聞くかぎり、男の身分は余程高いらしいが、色々と疑問は残る。恭介は「う~ん」と云って悩み、返答に時間を要した。
(おいおい、誰にも見つからずって物騒だな。まさか、追われてる身か? それとも、城に忍び込んで逃げる途中とか……。いったい何者なんだよ……)
頭の中にモヤモヤと白い霧が発生中の恭介だが、廊下に第三者の足音が聞こえてくると、柱と自分との体の隙間に男の姿を隠した。人影が通過するまで、互いの息づかいを至近距離に感じた。
(まいったな、これは。どうすれば正解なんだ? ほうっておくか? やるしかねぇか? 理由なら、あとで問い詰めればいいしな……)
悩んだ末、協力する意思を伝えた。
「云っておくが、見つかった時はおとなしく捕まれよ。暴れるだけ損だからな。危険な真似をしてまで、キミを連れ出すつもりはない。オレにできることをやるまでだ。それでも良ければ交渉成立だ。」
「ああ、それでかまわない。」
「念のため確認させてもらうけど、うまくいったら、本当に仕事を紹介してくれるのか?」
「そんなのは簡単なことだから、心配するな。」
男は恭介の首に腕をまわすと、おもむろにキスをする。当然驚いたが、人に見つからないよう、小声で抗議した。男は恭介の顔を見据え、
「口約束を交わしたまでだ。」
と云う。恭介は急に、先行きに不安を感じた。
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