恭介の受難と異世界の住人

み馬

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第 16 話 〈第6王子の遁走〉

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 早朝そうちょう王宮しろで、ひと騒動そうどう起きていた。コスモポリテス国王こくおうには正妻せいさいのほか、側室そくしつと呼ばれる公的に認められためかけの女性が数名おり、新王宣下しんおうせんげのない男士だんじは、数十人ほど存在していた。階級にして王位継承権を保有する第6王子の若者わかものは、血気盛けっきさかんな年頃としごろにつき、れっきとした王の嫡出子むすこでありながら、今朝けさもまた、御所ごしょから遁走とんそう中である。
 
 恭介は朝早あさはやく、城砦の前に立っていた。中年ふぜいの門衛のピリピリとした痛い視線を感じたが(オレのことを、まだ私奴やっこだと思い込んでやがるな)、あいにく、手にはザイールに発行してもらった共同浴場の使用許可証があるため、決まった施設への出入りは可能となっている。すでに3日間もカラダを洗えずにいたが、念願の浴場へ向かうことができる。昨晩さくばん、ボルグから教わった掲示板の位置は、共同浴場にも近い。貼り紙の内容を早く確認したかった恭介は、ザイールが用意したタオルと着替えを受け取り、入城の開始時刻を待っていた。
(とにかく、仕事だ。仕事を見つけないと、どうにもならないだろ……)

 ちなみに、ザイールは朝から冴えない顔をしていたが、宣言どおり共同浴場の使用許可証を手配しており、恭介を見るなり「おはようございます」と挨拶をして差しだした。朝食は1階の食堂で別々にすませるため、恭介のほうが先に部屋をでた。口論の翌日につき、まだ室内の空気は重かった。
(でも、まあ、なんだかんだ云って、オレの面倒事めんどうごとを処理してくれてるのは、原因のザイールなんだよな……)
 異世界での生活は、すでに1週間が経過していたが、なんとか飢えずに生きている。
(……そう云えば、ゼニスさんいわく、オレ以外にも、コスモポリテスに飛ばされてきた人間がいたンだっけ)
 今のところ、ゼニスはかかわった人物の中で、いちばんまとも、、、な思考の持ち主だった。しかし、旅の途中であまり会話は発生していない。
(もっと、話したいことがいっぱいあったな……)
 恭介は朝陽あさひに顔をしかめ、ため息を吐いた。

 にわかに、宮廷勤めをする人々の群れで、あたりが騒がしくなった。恭介はそれらの人波ひとなみに乗り、門衛に許可証を見せると、こんどは無事にとおることができた。内心ホッとしつつ、足速あしばやに掲示板を目ざす。
(よし、あそこだな)
 それらしき設置物を見つけ、駆け足になる。朝風呂あさぶろより先に求人情報へ喰いつく恭介を、誰かが呼びとめた。
「そこのおまえ、こちらに寄れ。」
(オレのことか?)
 掲示板の前にたどり着くなり、声がしたほうへ条件反射で振り向くと、柱のかげに誰かが隠れていた。「おまえだよ、おまえ。早く来い」と催促され、しかたなく歩み寄る。

 柱の陰にしゃがみ込む男は、派手な身装みなりをしていた。耳に透明感のある硝子玉ガラスだまのイヤリングをしており、石英で作られたネックレスを首からさげている。定番の1枚の布を身につける格好かっこうではなく、胴体にも豪勢な刺繍入りの巻布を着用していた。さらに、金属製のチェーンのような装飾品を腰巻から垂らしている。
「キミは、そんなところで何をやってるんだ?」
 恭介がたずねると、男はゆっくり立ちあがった。思いのほか、精悍せいかんな顔立ちをしている。並んで立つと自分の目線が下がるので、恭介より背は低い。年齢もずっと若く見えた。キリッとした目許めもとには、小さなホクロがあった。
「誰だ、おまえは。名乗れ。」
 先程から男の物言ものいいは無礼だが、文句を云わず自己紹介をした。
「オレは石川恭介だ。むこう、、、では会計士の仕事をしていたけど、色々あって、現在は知り合いの住居いえに身をよせている暇人ひまじんだよ。」
 話せる範囲で述べると、男は、床にひざまずけと云う。恭介は一瞬(は?)とばかり目を丸くしたが、片膝だけついてみた。

(なんだ、これ。なんか、お姫様と騎士みたいな体勢だな……)

 恭介は状況判断に悩むが、男は左手の甲へキスをするようめいじる。雰囲気的に、そうなるだろうなと思った恭介は、少し迷ったが、自らの手を添えてやり、軽く触れるだけのキスをした。
「それで? お次は何をいたしましょうか、王子様?」
 冗談のつもりでふざけると、男は満足そうに笑みを浮かべた。

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