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第 15 話
しおりを挟む食事について、いつもザイールにまかせきりの恭介は、その日、初めて調理室へ足を運んだ。ザイールはひとり暮らしの生活が長いようすで、作る料理はどれもおいしかった。
(……ちょっと云い過ぎたか。まいったな。あしたには機嫌を直してくれるだろうか)
共用の食材と調理器具を使い、野菜炒めを適当に作ると、ザイールの名前が記してある箸を手にして、食卓につく。買い置きのパンをかじり夕ご飯をすませたところへ、同じ階に暮らす男がやって来た。
「よう、おまえさんは確か、キョースケだったか。ザイールの部屋に居候してる奴だったよな。」
「はい、そうです。」
気さくに話しかけてくる男は、ボルグ=アドルフォ=ガーランドといって、大柄な体格をした武官である。数日前、通路ですれ違った際に挨拶を交わしたところ、齢35だと告げられ、敬語を使うことにした。
「ボルグさんは、妻帯者でしたか。」
男は、左手の薬指に輪具を嵌めていたが、首を横に振られた。
「生憎だが、独り身だよ。昔から地方遠征が多くてな。なにしろ安月給の階級だから、妻を娶る余裕もない。」
「そうでしたか……、」
薬指に光るものは結婚指輪ではないらしい。ボルグは、恭介の背中をばしばし叩いてくる。
「なんだ、キョースケ。神官殿とは仲良くヤれてないのか?」
恭介は正直に「はい」と答え、ザイールを怒らせてしまった事実を認めた。とたんに、ボルグは大笑いした。
「なるほどな! 痴話喧嘩か? それなら酒でも呑んで、寝込みを襲ってやればいいさ」
「はい?」
なぜか機嫌をよくしたボルグは、食器棚から果実酒を持ち出すと、恭介の分まで硝子の洋盃に注いだ。
「素面のままじゃ、ヤりにくいだろうから、遠慮せずに1杯呑めよ。」
「やるって何を……、」
文脈の流れで察することは可能だが、つい訊ねてしまった恭介に、ボルグの太い腕が伸びてきた。
「あぁん? なんだよ。おまえさんの股間は飾りモノかぁ?」
「ちょっと!? どこ触ってるんですか!!」
「ほう、けっこうデカイな。」
衣服の上から下半身をさぐられ、鳥肌が立つ。この世界の住人は下着を身につける習慣がないため(というか、下着と呼べるものがないため)、ボルグの指が直に触れたように感じた。
「おまえはザイールの恋人だから、一緒に暮らしてるンじゃないのか?」
「え? ええっ!? まったく違いますよ! そんな関係じゃありません。」
恭介は困惑しつつ、ボルグが注いだ果実酒を(せっかくなので)一気に呑み干した。
(おっ、なかなかうまい酒だな)
「ごちそうさまでした」と云って食器の後片付けをする恭介に、ボルグは食卓の椅子に腰をかけながら質問した。
「おまえさんって、あまり見ない面構えをしているが、どこら辺の出身なんだ。」
「……ご想像におまかせします。」
「なんだよ、秘密主義か?」
「そう云うわけではありませんが、出身地は誰にも教えていませんので。」
「へぇ、おもしろい奴だな。仕事は?」
「それが、今は無職なので探しているところです。」
「そうか、賢そうな顔をしているのに、無職とは意外だな。」
褒められた気がするので「どうも」と、応えておく。食器洗いがすんでボルグを振り返ると、恭介は雑談ついでに就職先がないか訊ねてみた。
「どこかに、オレにできそうな仕事がありませんかね。肉体労働は向かないと思いますが、場合によっては、それもしかたないと考えています。」
恭介が真剣な表情をして云うと、ボルグは顎に手を添えて「そうだなぁ」と、思考をめぐらせた。数十秒後、「そうだ!」と云って何かを思いだす。
「城内の掲示板に、求人情報の貼り紙がしてあったな。」
「城の求人ですか?」
「ああ。一般公募はしていないが、要するに、関係者向きの内職みたいなモンだ。」
一刻も早く定職に就きたい恭介だが、貼り紙の情報を掘り下げた。
「その求人について、詳しく聞かせてもらえませんか。」
「仕事内容は、事務的な作業だったかな。書類整理とかなんとか、そんなようなことが書いてあったぞ。気になるなら、あすにでも見に行ってこいよ。」
恭介は「そうしてみます」と頷き、部屋まで戻った。ザイールは相変わらず寝室に引きこもっていたが、ひとまず、そっとしておくことにした。
* * * * * *
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